小説 書評

坂の上の雲

『坂の上の雲』
司馬遼太郎
文春文庫

あらすじ

まさに一大絵巻!これは現代の平家物語といっても過言ではありません。
いったいこの壮大な明治の物語を書くのにどれほどの資料を調べたのか──? 
あまりに凄すぎて想像だにできません。

物語は前半と後半に分けることができ、”まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている”とはじまるように、前半は、激動の時代・明治を舞台にした正岡子規秋山真之の青春物語となっています。

真之と子規を中心に生まれ育った伊予・松山、それと東京予備門に通う青年期が描かれ、明治という時代ともあいまって物語は躍動し、実に颯爽としています。

病弱な子規

特に子規がいいんです。
これを読むと正岡子規という人物の印象が一八〇度かわります。
子規というと病床で俳句作りに勤しんだ、ある種虚無的な御仁かとおもっていたのですが、坂の上の雲で描かれる子規は、およそそれと正反対の性格で駄々っ子がそのまま大きくなったようないじらしさというか、無謀さとか非常に愛すべき一面を持ちあわせています。

真之が出てこない

後半になると日露戦争へと話がうつり、膨大な資料とウンチクで占められていきます。
≪大日本帝国≫ 
第三軍 乃木希典 
連合艦隊 東郷平八郎 
奉天会戦 大山巌と児玉源太郎 
政府 伊藤博文と桂太郎
≪帝政ロシア≫ 
ロシア帝国最後の皇帝 ニコライ二世 
側近 ウィッテ 
旅順要塞司令官 ステッセル将軍 
満州軍総司令 クロパトキン 
バルチック艦隊司令長官 ロジェストウェンスキー

といった当事国の主役たちはもちろんのこと、
世界の中心地 英国、 
新興国米国とルーズヴェルト大統領、 
ロシアの同盟国フランス、ドイツ

など国際情勢と当時の空気をそのまま包みこんだかのような、詳細な状況が浮かびあがってきます。 

ひたすら蘊蓄

真之が連合艦隊参謀となり日露戦争が避けられなくなったあたりから世界がどんどん広がっていって、分岐する世界はほとんどとどまるところを知らず、たとえばロシアを解説するのに司馬遼太郎は1721年のピョートル大帝から始めていて、
 ”ピョートルはアムステルダムでは造船技術の習得に専心し、自ら船大工として働いた。”
など惜しむことなく逸話を披露しています。
つい、そこからはじめる必要があるんですか! とツッコミたくなります。
あまりに余談がすぎる。

最初物語の真ん中にいたはずの秋山真之は、話が日露戦争に及ぶにつれ同心円状に世界が広がり、それはなかば主人公を置き去りにするほどの展開をみせ、

”結局は同心円をえがいているつもりではあっても、その円の中に日露戦争が入らざるをえなくなった。むしろ日露戦争そのものを大円周の中でとらえることによって、同心円の中心をたしかめようとした。”

というように、司馬さんは世界を埋め尽くすことで真之の立っていた場所を明確にしようとしています。その同心円状の世界を支えているのが膨大な資料に他ならず、その膨大さにはほとんどあきれてしまうほどです。 

もはや執念

司馬さんは『坂の上の雲』にあたり、”執筆時間が四年と三ヶ月かかった。執筆期間以前の準備時間が五年ほどあったから、私の四十代はこの作品の世界を調べたり書いたりすることで消えてしまったといってよく──” と述べています。
ただ司馬さんのすごさはそれだけにとどまらず、 

”しらべるについて、無数の困難があった。そのひとつはロシア語だった”とし、 ”頻出度の高い軍隊用語の単語帳を自分でつくってみた。面倒な文章は、ロシア語のできる友人に大意を口頭で訳してもらった。みじかい文章がわからなくて、深夜に起きていそうな知人をあれこれ物色して電話をかけたりしてその人を不愉快にさせたりした” 

とみずからロシア語を翻訳し、資料をつき合わせていたことをあとがきで述べています。

小説という枠をはみ出してまで資料を集めてしまうところに、司馬遼太郎の業のようなものを感じます。それはもう『フェチ』の領域で、あらためて『坂の上の雲』という長編をながめると、このなかには雑多な資料のなかに埋もれていた一粒の宝石がぎゅっと詰まっていることがわかるでしょう。
司馬さんは一粒一粒宝物をみつけては記しまたみつけては書く。
ずっとそれを繰り返していたのです。
いわばこれは司馬さんからの贈り物なのです。

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