「桜花忍法帖」
山田正紀
講談社タイガ
三代将軍・家光と世継ぎを争った徳川忠長は、暴風強雨を切り裂き、馬で駆けていました。それは危篤となった母親・大御台所を見舞うためで、母親っ子の忠長は、母親の臨終に一目会おうと、昼夜をとわず伝馬を乗りついでいたのです。
しかし忠長は、増水した大井川によって行く手を阻まれます。大井川を渡れず焦れていると、そこに成尋なる僧侶がやってきます。成尋はそのむかし天海大僧正に従って江戸城にあがり、病にかかった家光の平癒祈祷した僧で、狐狸妖怪のごとき怪しい姿をしています。
一言でいうなら怪僧です。設定でいうなら黒幕です。
成尋は配下の忍者とともに甲賀五宝連を討ち果たし、みずからの武威をみせつけると、駿河遠江五十五万石の領主たる忠長にむかって、いずれ家光によって成敗されるだろうといい放ちます。そして、忠長に謀反をおこすようそそのかすのでした。
■これぞ忍法
これは禍根をのこした徳川の世継ぎ争いを背景に、甲賀伊賀の連合軍が、怪僧成尋とその忍衆に立ち向かう忍法バトルです。
忍者が登場しては、忍術を繰りひろげ、飽くなき戦いがはじまります。登場する忍もユニークなら、乱れ飛ぶ忍術も数知れず、百花繚乱といった絢爛さです。個性際立った忍者がおしげもなく登場し、登場したかと思うと次のくだりではバタバタと死んでいき、成尋五人衆との戦いは凄惨を極めます。相打ち上等の殲滅戦とか特攻とか無駄な討ち死にとか。これはキャラクターの消費ではないか? と思わせる展開が続きます。
■鬼才とよばれた作家
忍法帳といえば山田風太郎です。山風は伝奇小説の大家で「魔界転生」「柳生忍法帖」「くノ一忍法帖」といった忍法帖はもちろん、ミステリィ、時代モノなど多くの作品をのこしています。
鬼才・山田風太郎はオンリーワンの存在ですが、あえて忍法帖を継ぐ者をあげれば、それは山田正紀になるでしょう。なにせSF、ミステリィ、時代小説、冒険小説など多岐にわたるジャンルを書く人も稀なら、それをハイレベルでこなせる人など滅多にいないわけですから。
では、山田正紀は忍法帖の正当な後継者なのかというと───そんなことはありません。山田正紀は「桜花忍法帖」において、自身のSF趣向をあますことなく披露しています。というか「それ忍法帖でいけます?」と聞きたくなるほどSFで押していきます。
■忍法帖vsSF
それは甲賀八郎の矛眼術と伊賀響の盾眼術が交差する場面でもっとも顕著となるのですが、矛眼術と盾眼術が交差によって発動する<桜花>は、伝奇ものの枠組みを軽く超えた描写になっています。”クラウド”なる用語が平気ででてくるし、忍法帖シリーズの枠組みをかるく凌駕していて、SF愛があふれた展開となっています。ここに山田正紀のすごさ───というか、無謀さがあります。
ややもするとSF愛が過ぎて忍法帖からはみ出しそうになり、読んでてヒヤヒヤします。それが面白いといえば、おもしろいのですが。
忍法帖シリーズを題材にした作品は多くあって、伝奇から時代小説、そしてアクション、エロまで取りこむ物語装置はフレキシブルそのものです。浅田寅ヲの「バジリスク」なんかその代表といえます。
しかしだからといって、忍法帖を振り回してSFをねじ込める書き手が、はたして何人いるでしょうか。山田風太郎をトレースできる人はいても、ここまで書ける人は、山田正紀以外にいないとおもいます。