小説 書評

屍の命題│門前典之

『屍の命題』
門前典之
原書房

物語の舞台となるのは、信州・焔水湖の傍にたつ美島館です。美島館は、西洋建築史を専門とする元大学教授・美島総一郎の別荘です。ただし建設を切望していた教授本人は、四年まえの大雪で行方知れずとなり、教授の遺志を継いだ音乃夫人が、その後、館を建てています。

避暑地のための別荘という趣はなく、美島館は教授の蒐集癖がふんだんに盛り込まれています。蝶、兜虫、蛾、蝉、蟷螂、ゴキブリといった昆虫が剥き出しのまま張りつけられた部屋があったり、玄関先に鈍色の刃をかざした断頭台があったり、中世ヨーロッパの処刑、拷問具をあつめた部屋が設けられていたりと 猟奇趣味 が満載。背筋が凍るような不気味さです。

美島館の落成を祝い、教授ゆかりの人物たちがやってくるのですが、肝心の音乃夫人がいないことを知り、彼らは困惑します。

ドアノブにかけられた巾着袋には夫人からの手紙が残されていて、そこには交通事故で車椅子の生活となり、お世話ができなくなってしまった旨が記されているのでした。あまりに素っ気ない文面に、一同は首を傾げます。気持ちのつたわらない文章は事務調一辺倒で、暖かく気さくな夫人が書いたものとは思えませんでした。

悲劇のはじまり

不審に感じつつも、美島館をおとずれた人たちはバカンスを過ごします。教授秘蔵のコレクションを鑑賞したり、ビリヤードを競ったり、ロッククライミングにでかけるなど、思いおもいの趣味に興じます。

ところが、夜になって天候が一変。上空に寒気団が滑りこむと季節外れの大雪に見舞われ、美島館に不穏な空気がたちこめます。電話がつながらなくなり、車のタイヤも刃物で切られ、不可解な事象が頻発。気がつけば、何者かによって外界との連絡を遮断され、美島館は閉ざされた雪の山荘と化します。

事態はさらに悪化し、雪のなかで首の骨が折れた女性が見つかり、次々と殺人事件がおこります。殺人がおこるたび、館の人がひとりひとり減っていき、最終的に全員が命を落とします。そして美島館には誰もいなくなってしまいます。

探偵、現る

残された手記から、警察は、最後まで生きていた篠原を犯人と断定。全員を殺害し、逃げきれないとさとり自殺に及んだという線で捜査を固め、異常ともいうべき連続殺人の罪を篠原になすりつけます。

そんな折、宮村は、容疑者・篠原の妹から「兄は連続殺人犯なんかではない。無実を証明してほしい」と依頼を受けます。宮村に担ぎだされた設計事務所の共同経営者・蜘蛛手は、美島館をおとずれ怪事件を捜査します。そのなかで蜘蛛手は、ある事実を看破します。それは、雪の上を一匹の虫が這っているという異様な光景でした。

兜虫の亡霊  

"酷寒の闇夜のなかを、蠢きながら前進している。
虫はすこし疲れたのか、その歩みを止めると、乱れた呼吸を整えるかの如く、直線的な長い角を一際大きく上下に動かした。
虫の身体からは白い蒸気が立ち上って見える。"

蜘蛛手が見抜いたその光景は、連続殺人を解決するうえでの重要な鍵となるものでした。雪のなかを這うカブトムシの亡霊──その正体とは?

本格推理の進化形 

「屍の命題」には、多くのアイデアが詰まっています。幾重にも組みこまれた本格推理の意匠は、瞠目に価します。アガサクリスティの名作「そして誰もいなくなった」に息吹をふきこみ、新たな進化系を提示しようと、そんな意欲を感じます。

よくもあんなトリックが作れたものだと、感心するばかりです。乱歩ばりの猟奇性もさることながら、これほど本格推理を志向した作品は滅多にお目にかかれません。まさに怪作です。

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