
『百年法』
山田宗樹
角川書店
いわゆるSFなのですが、ここまで価値感を逆転させた物語もめずらしいとおもいます。なんの価値感を逆転させたかというと──生と死です。
この世界の人々は、HAVIハビィという処置をうけ、みな若さをたもっています。実年齢百歳でも、見ためは二十歳。だれも年をとらず、若者だけがいる世界です。逆にいうと、ここで描かれるのは老人が珍しい社会になります。
永遠の若さを手にいれるだなんて、一見して理想の社会にみえるのですが、じつはそうではありません。事実、物語の冒頭では、百年法の施行が画策されています。

百年法──。
それは、不老化処置を受けた国民は、処置後百年を以て生存権をはじめとする基本的人権はこれを全て放棄しなければならないとする法律でした。永遠の若さを手に入れたこの世界では、人間の生存制限にむけて動きだしていたのです。
不死の世界
死なない社会だから生じる会話やモノの見方があって、そこに魅かれました。
”「母はHAVIそのものに嫌悪感を持っていたみたいです。老いて衰えて死んでいく。人間の身体がそういうふうにできているってことは、そこになにか意味があるはずだって、よくいってました」
「あたしは、なにも考えてなかった。受けるのが当然って感じだった」
「それが普通ですよ。母は変わり者だったんです」”

不老処置があたりまえで、老いる経験が想像できないという会話にすごみを感じます。しかも、老いて死んでいくという自然界の営みをうけいれた母を、変わり者というのですから、もうぶっ飛んでいます。これをよんだとき、頭のネジが弾けました。
また永遠の若さが手にはいるこの世界では世代格差というものがなくて、
”「わたしも、いません。知り合いはたくさんいるんですけど、親友ってできないんです。なんでだろうって考えたんですけど」
「なぜ」
「いまはみんなHAVIを受けてるから、見かけは同じように若くても、実年齢はぜんぜん違うって場合が多いですよね。ということは、体験した時代も違う。でも、共有できる経験を持ってるって、友達になるのにとても大切なことだと思うんです。それがないから」”
と時代をつうじた人のつながりについても言及しています。

生死の価値観が逆転した世界で、人間はふだんと変わらないまま生活していて、そのことに慄然とします。人間は死があるときは生を願い、寿命があるときは永遠の若さを願います。しかし、死がなくなり若さを手にいれた途端、今度は生きることの実感を願いはじめるのです。
人間はどこまでいっても、ないものねだりなんでしょうか。
そのよく深さに背筋がこおるおもいがします。