小説 書評

暗闇・キッス・それだけで│森 博嗣

『暗闇・キッス・それだけで』
森 博嗣
集英社

ライター風情の頸城くびきは、大富豪ウィリアム・ベックの本を書くにあたり、高級住宅地にある彼の別荘をおとずれます。

ウィリアム・ベックはコンピューターの天才とよばれ実業家で、IT会社によって巨万の富をなした人物でした。アメリカンドリームの典型として誰もがうらやみ、みな彼を尊敬しています。現在、ベックは経営と技術開発の一線をしりぞき、財団による慈善事業をおこなっているものの、組織のなかでは依然として大きな影響をもっています。

無事、別荘についた頸城でしたが、肝心のウィリアム・ベックは不在で、面会はかないません。頸城が時間をもてあますように敷地をあるいていると、医師のロジャと出くわします。そして親切なことにその医師は、ベックが用事があってヘリコプターで東京にでかけていることをおしえてくれます。

そして事件

別荘には、ベックの妻とその息子、息子の恋人、医師、庭師、くわえて別荘のプロジェクトに関わった不動産会社社長とその娘が滞在しています。ベックを欠いたままなごやかなディナーがはじまったとき、ヘリコプターが到着し、皆がベックの出迎えにいこうとします。そして、異変がおこります。

悲鳴をききつけ頸城がかけつけると、東屋のなかで、医師が胸をうたれて死んでいるのでした。

現場では弾丸の跡も薬莢もみつからず、逃走した犯人もみつかりません。頸城は取材のかたわら、ウィリアム・ベック氏に近しい人々にインタビューしてまわり、その過程で殺人事件にふかく関わっていきます。

古典なつくり

あらすじだけ聞くと、いかにも古びた設定だなとおもいます。

舞台となるのは山のうえにある別荘で、これが雪山の山荘で電話線が切られていたなら、紛うことなき王道ミステリィのシチュエーションです。くわえてそこに大富豪が登場するとなれば、何をかいわんやです。それに執事や庭師が登場することをふまえれば、おきまりの人物に、おきまりの展開といった感がします。

さらに屋敷内には都合よく警察がうろついていて、頸城の邪魔をすることなく、タイミングよく情報を提供するのですから、探偵にとってはこれ以上ありがたい展開はないでしょう。

これで仮面をかぶった跡取り息子でも登場すれば完璧なのですが、さすがにそこまでの展開はありません。とはいえ、つくりだけみれば、これはもはや横溝正史の作品にうりふたつです。

現代風アレンジ

いっけんして横溝作品をなぞっているとはいえ、中身はしっかり現代風にアレンジされています。大富豪はIT企業のCEOに変換されていますし、金満家にありがちな傲慢さはみじんもありません。しかもその富豪がジーンズにアロハシャツ、日本製スニーカーといういたってラフな出で立ちでで現れるのですから、いかにも現代風なキャラクターです。ましてや富豪がサンドイッチをたべながらコーラーをのんでいるとなれば、現代風のIT起業家を意識しているのは明らかでしょう。

そして、その息子といえば、父親に反発するところもありつつ、かといって表立ってケンカするわけでもなく、どこか議論を避けてるようなおとなしい性格の持ち主です。表だって対立を避けていながらそれでいて微弱な反発をみせるあたりは、ひ弱な現代っ子に通じます。

しかも彼は日本のアニメやコスプレに興味があり、現在つきあっている彼女もコスプレイヤーですから、このあたりも現代の世相を色濃く反映しています。富豪がヘリコプターで移動するのも然り、ドローンで銃を持ち去ったと推理するのももしかり、現代風イマドキな感じが随所に散りばめられています。

しかし、これはいったいどういうことでしょう。ミステリィにも世相の波がおとずれているのでしょうか。これからの推理モノはこういうのが規格標準スタンダードになっていくのでしょうか。そう思うと、おもわず苦笑いがこみあげます。

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