「熊と踊れ」
アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ
ヘレンハルメ美穂・羽根由訳
早川書房
主人公のレオは、工務店の経営者で、フェリックスとヴィンセントの弟二人と、幼なじみのヤスペルを雇っています。レオは、鼻持ちならない建設業者から「昨日も来てなかっただろう! ここの工事には手をつけてないじゃないか!」と罵られては、頭にくるのをぐっと堪えます。レオは、納期には間に合わせますよといい返して、その場をやりすごします。
レオにはアンネリーという彼女がいて、アンネリーは一軒家をほしがっています。白い柵をしつらえた花壇と芝生があり、木造りのおおきくて優雅な家。幸せにみちた家にすむのが、アンネリーの夢でした。
あるときレオは、アンネリーを連れ出し、物件を見にいきます。
物件を見にいくと聞き、はじめは期待に胸おどらせていたアンネリーでしたが、灰色の石壁にかこまれた小さな家を見たとたん、彼女の表情は曇ります。レオはご機嫌ななめのアンネリーをなだめすかし、一年間だけがまんしてほしいと、なんとか彼女を説得します。
■ギャング団
レオが、うだつの上がらない真面目が取り柄の男かといえば、決してそうではありません。表の顔は工務店経営者ですが、彼はもうひとつの顔を持っています。なにを隠そう、彼は犯罪グループのリーダーだったのです。
彼は弟と幼なじみをしたがえ、ストックホルム防衛区にある武器庫を襲い、短機関銃や自動小銃、弾倉をかたっぱしから盗み、またあるときは両替所をまわる現金輸送車を襲撃します。
スウェーデン史上類をみない謎の強盗団”軍人ギャング”。そのリーダーをつとめるのがレオでした。彼は計画的で緻密な作戦をとり、暴力で他人をコントロールしては、ギャング団を巧みに動かしていきます。
■暴力と犯罪
「熊と踊れ」は、レオの犯罪と暴力を描いた物語です。
冒頭から、レオの父親は、妻を殴りつけて血まみれにするし、少年時代のレオがチラシ配りの最中にケンカで負けたと知るや、父親は憤慨して、マットレスを天井のフックに引っかけパンチの特訓をはじめます。
「おまえは相手の鼻を殴った。そいつが前かがみになった。そうしたら、あとはそいつが立ち上がれなくなるまで、ひたすら殴りつづけろ」
といい父親は、レオにケンカ殺法を教えます。父親の暴力によって、レオの家庭はばらばらになります。しかし、犯罪をくりかえすなかで窮地におといった彼らを助けるのもまた、父親からおそわった暴力なのでした。
その意味で「熊と踊れ」は、犯罪と暴力、そして暴力が個人にあたえる影響をふかく描いています。
”過剰な暴力。
こんなふうに意図的に相手を恐れおののかすのは、何者だ? こんなふうに恐怖を利用するのは、何者だ?
自分も恐怖を味わったことのある人間だ。
恐怖のしくみを、その効果を知っている人間だ。”
■驚愕の事実
やけに骨太なサスペンスだと思ったら、訳者解説に、「熊と踊れ」は、実際におこった事件だったと書いてあり、驚きました。
”一九九〇年代初頭、スウェーデンを恐怖に陥れた正体不明の強盗団があった。まるで軍事作戦のような、統率のとれた的確な動き。軍用銃を駆使し、ためらわず発砲する。”軍人ギャング”と称された彼らは、一九九一年秋から一九九三年末までに、軍の武器庫からの略奪を二件、現金輸送車の襲撃を一件(未遂三件)、銀行や郵便局の強盗と計九件、さらにはストックホルム中央駅で爆弾事件まで起こした。”
暴力と絆にみちたストーリーが、実話ベースだなんて、にわかに信じられません。「熊と踊れ」におけるもっとも衝撃的なトリックが、この解説だったとおもいます。
しかも作者のステファン・トゥンベリは、軍人ギャングの三兄弟とは実の兄弟で、当時、兄たちの犯罪を知っていたというのですから、驚きも二倍。なんだか話が出来すぎています。彼は実際にアジトを訪れ、当時の状況を見聞きし、それをもとにこの物語をかいたのですから、これ以上間近な取材はないだろうとおもいます。ところどころ生々しい情景があったのは、そういう理由だったのかと妙に納得しました。
にしても、犯罪小説には暴力がよく似合います。あらためてそう思いました。