小説 書評

クララ殺し│小林泰三

「クララ殺し」
小林泰三
東京創元社

蜥蜴のビルは、車椅子の少女クララと、そのお爺さんに出会います。

であったのは、岩山の山脈をみおろす青い空と、ゆっくり流れる白い雲、そして白い哺乳類が草原で草を食むアルプス的な場所でした。

聞いているだけで、これはあの名作アニメではないか……と思えてきます。が、おそらく、気のせいです。きっと。

車椅子の少女が、これみよがしに青い服を身にまとっているのも、お爺さんがのっけから「クララは、本当はもう歩けるんだ」と語るのも、ただの偶然です。けっして、あのアニメをパクってるわけではありません。そんなはずありませんとも!

で───。

アルプス的な場所にいるお爺さんは、人語を解する蜥蜴に興味をもち、地球にいる蜥蜴のアーヴァタールを探しだそうとします。

■地球にて

場面は、地球へ変わります。

蜥蜴のアヴァタールたる井森は、大学の門の段差に往生している車椅子の少女と出会います。少女は、青い服に青いリボンというファッションで、夢のなかで出会ったクララとそっくりの恰好をしています。当然、その少女がクララのアーヴァタールにちがいないと、井森は考えます。

井森は、少女のおじさんの研修室にむかい、そこでドロッセルマイア―博士と対面します。博士はアルプスにいたお爺さんによく似ていて、おじいさんは井森をみるなり、蜥蜴より賢そうだといいます。蜥蜴を知っていることから、博士が、あのお爺さんであることは間違いありません。

かくして、アルプス的世界にいた蜥蜴、車椅子の少女、お爺さんの三人は、井森、クララ、ドロッセルマイアとして、地球で再会します。そしてここから、世にも奇妙な、パラレルワールド殺人事件がはじまります。

■パラレルワールド

この物語は、地球と地球以外の世界が存在し、アーヴァタールを介して世界を移動します。

物語は、双方の世界をリンクしてすすみます。大学にいる井森は、アルプス的世界に住む蜥蜴のアーヴァタールで、井森とビルは人格は異にするけど、互いの意識は夢で繋がっています。無論、ふたりは記憶を共有しています。

そして地球上の人物=アーヴァタール───アーヴァタールは仮の姿と考えればいいのです───が、影だとするなら、光にあたるのは、地球外にある別の世界で暮らしている人物です。その別の世界を、ここではホフマン宇宙と呼んでいて、ホフマン宇宙における蜥蜴、クララ、お爺さんは、地球のおける井森、露店くらら、ドロッセルマイア―であるという見立てになっています。

といいつつ、この見立てが、食わせ物なのですが。

■くらら、狙われる

研究室にいる少女くららは、自分の命が狙われていることを告白し、井森をおどろかせます。事実、彼女は脅迫状をうけとり、先週だけで五回も車に轢かれそうになっていました。

井森はそのことを警察に連絡すべきと主張するのですが、博士は、無意味だといって退けます。ドロッセルマイア―博士によれば、くららを脅した犯人は地球にいないのです。なぜなら、犯人は、地球とホフマン宇宙の二つの世界がリンクしているのを知っていて、大本の犯行をホフマン宇宙でおこなっているからです。

博士は、ホフマン宇宙にいるで犯人をつかまえるべきだと主張します。そこで、クララ=くららの殺害を阻止すべく、蜥蜴=井森は、ふたつの世界に跨って、捜査に協力していくことになります。

■奇想ミステリィ

■奇想ミステリィ

アイデアは、組み合わせであり掛け算だといいますが、「クララ殺し」をみると、まさにその通りだと思います。SFを一枚挟んだだけで、ミステリィがこんなに面白くなるとは思いませんでした。

ホフマン宇宙と地球ですすむ二重構造は、初めて読むと違和感を感じますが、読んでるうちに慣れてきます。脳の曖昧さは偉大です。

「クララ殺し」がミステリィとSFの掛け算とはいえ、よく考えてみれば、通常のミステリィそれ自体が、トリックを挟んだ事件と真相の二重構造をしていて、SFとの相性はいいといえます。

もしこの形式が、もともとのミステリの形式───事件-真相の二重構造を、逆手にとってSFに仕立てたのだとしたら、なかなかの着想だとおもいます。

軽妙な会話が延々とつづく小林泰三は、さらっと読むといっけん浮薄にみえますが、犯人当てを書かせたら、いま一番おもしろい作家かもしれません。SFまで手を広げた大胆な<偽装 トリック>は、大どんでん返し必至です。

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