
『武蔵野アンダーワールド・セブン-多重迷宮-』
長沢樹
東京創元社
魅惑の地下シェルター
七ツ森神子都は、御坂摩耶から調査の依頼を受けます。それは、所有している別荘の敷地に、祖父がのこした財産があるかどうかを調べてほしいというものでした。

御坂摩耶の祖父は、防衛大臣、建設大臣、副総理兼財務大臣、党幹事長などを歴任した大物政治家で、国防の権化とよばれた御坂忠蔵。忠蔵の死によって、摩耶は、その私邸”鱗雲荘”を相続し、地下に眠る建築物をたしかめるため、藤間秀秋が主宰するサークル・大学地下世界研究会に調査をもちかけたのでした。
依頼を受け、神子都、藤間、綾瀬ツグミ、宮田優希のサークルメンバーは、鱗雲荘の調査に乗り出します。
謎の死体
雪をかき分け御坂忠蔵の別荘に到着すると、一行は、厨房の床下に食料貯蔵ボックスをみつけます。貯蔵ボックスは、地下のシェルターにつながっていて、神子都たちはさっそく地下にもぐります。

シェルターの様子をさぐっていると、神子都たちは、水力発電機にひっかかった老人の死体をみつけます。死体は、腐敗することなく原形をたもち、死蝋化していました。
なぜ、こんなところに死体があるのか?
そんなことを考えたのも束の間、外で大規模な雪崩が発生し、神子都たちは地下シェルターに閉じこめられてしまいます。
記憶喪失の姫
地下探検サークルで、中心をなすのは神子都です。神子都は、かつて反政府武装組織と鎮圧部隊が武力衝突した事件で、保護された重要人物です。
彼女は、反政府武装組織の地区で生まれそだった人間として政治的に特別な存在で、鎮圧作戦の際、近くにロケットが着弾し、記憶をうしなって倒れているところを、藤間秀明の父によって保護されています。

そんな”特別な”神子都をまもるため、彼女には護衛役がついています。そのひとりが、綾瀬ツグミです。ツグミは、神子都の幼少時からの親友で、武装組織に入隊した経歴があり、軍事教練や特殊任務教練を受けています。彼女は、尾行と侵入と破壊と制圧を得意とした戦闘のエキスパートです。
神子都の護衛
このほか宮田優希も、神子都を護衛しています。藤間秀秋の幼馴染である宮田優希は、剣道の達人で、七ツ森神子都の教育係も兼ねています。

そして地下探検サークルのリーダー・藤間は、神子都の保護者のような立場にいて、”特別な”神子都を利用し、政府筋に、彼女の特殊性と有用性をアピールしたいと考えています。
地下探検にのりこんで、殺人事件にまきこまれるのが神子都で、それを護衛するのがツグミと宮田、黒幕的に状況をコントロールするのが藤間といった様相で、物語が進行していきます。
それは禁じ手?
読みすすめると、複雑な背景があったり、これみよがしな伏線があったり、入り組んだ人物関係があったり、怪しげな犯人の影がちらついたりと思わせぶりな展開がつづきます。

これらの前フリが、事件を解く鍵になっているかというと、そんなことはありません。伏線の数々は、ミステリィを盛り上げるための小道具にすぎず、本筋には関係ないのです。
この物語に仕掛けられたトリックは、最終的に、神子都の特殊性によって回収されていきます。背景や人物をどう配置しようが、この物語はすべては神子都ありきになっていて、終盤にはあっと驚くトリックが仕掛けられているのですが、これはなんというかとてもずるいトリックになっています。

思えば、最初から違和感はありました。そもそも、神子都の護衛がふたりいるという設定が、おかしいのです。綾瀬ツグミは幼少期から連れそったふるい馴染みの特殊部隊経験者で、宮田は剣道の達人です。どうみても、戦う女剣士がふたりいます。違和感がありありです。
キャラ被り
ミステリィの場合、役割が被っていると、どっちかが犯人になることが多いです。
たとえば「黄色い部屋」では探偵がふたりいましたし、「アナと雪の女王」では王子役がかぶっていました。キャスティング上、あきらかに違和感があります。

登場人物の役割が被っている場合、十中八九、なにか仕掛けられているといってよいでしょう。
それにしてもこのトリック──トリックというかただのインチキですが──は、あざといです。あざとすぎます。ミステリィでこんなに悔しい気持ちになったのは、歌野晶午以来ですね。