
『日本霊異記の世界』
三浦佑之
角川選書
少彦名命について
少彦名命は、古事記で以下のように語られています。
”少彦名命は、天の羅摩船にのってやってきた。
不思議に思った大国主命が「あなたは何と言う神ですか?」と尋ねたが答えなかった。家来の神に尋ねたが、みんな「知らない」と答えた。
物知りの案山子(かかし)の神に聞くと、「それは神産巣日神かみむすびのみことの子供の少彦名神ですよ」と答えました。神産巣日神にそのことを尋ねると、「その子は私の指の間からこぼれ落ちた子なのですよ。あなたの弟として育てて、一緒に国作りをして下さい。」とのことでした。”

少彦名命は、だいたい大国主とセットになって登場します。大国主のいるところに少彦名命あり──というのは大げさですが、少彦名命がなんらかのかたちで、大国主の活動を助力しているのはまちがいなさそうです。
くわえて、海をわたり船にのってやってきたこと考えると、少彦名命は客人──まれびとの可能性が高いといえます。
小子部について
「日本霊異記の世界」の第一講では、小子部ちいさこべの話が紹介されています。
”小子部の栖軽すがるは、泊瀬の朝倉の宮で二十三年ものあいだ天の下をお治めになった雄略天皇の側近中の側近として、おそばに仕えておりました。
その天皇が磐余の宮にお住まいの時のこと、天皇は后とお二人で大安殿にいまして、ひとつに重なってまぐわいの最中だったというのに、なにも知らない栖軽は、お二人の閨に入ってしまったのだそうです。びっくりした天皇様は見られたのを恥じて、ことを途中で止めてしまわれました。
なんとも間の悪いちょうどその時、雷がとどろきました。すると天皇は、「おまえ、鳴る神をお連れすることができるか」と、栖軽に声をかけられました。そこで栖軽が、「お連れいたしますよ」と申しあげると、「それならば、栖軽よ、お連れして参れ」とおおせになったということです。”

そして栖軽は緋色のかぶりものをはおり、真っ赤な幡を垂らしたホコをもち、町にでていきます。豊浦寺と飯岡のあいだに鳴る神がおちているのを見つけると、栖軽は竹に編んだ輿にいれ、天皇のもとに鳴る神を届けます。
ここで興味をおぼえるのは、小子部が鳴る神、つまり雷と関係している点です。関わりどころか、小子部は雷を制御下におくという意味において、特筆すべき力をもっています。
三輪山の蛇
「日本書記」の雄略天皇の巻には、少子部守蜾蠃が三輪山の神すなわち大蛇をとらえ、天皇から雷の名を与えられる話があります。

”七年の七月三日、天皇は、少子部連蜾蠃すがるに、
「われは三輪山の神の姿を見たい。お前は、他の者たちを凌ぐ力をもっているから、行って捉えて来い」と命じた。蜾蠃は、「ではちょっと失礼して、捉えてまいります」と言うと、すぐさま三輪山に登り、大きな蛇を捉えると天皇にお見せした。すると、天皇が身も清めないままにその姿を見たせいであろうか、雷鳴をとどろかせ、眼をまっ赤にかがやかせた。それを見た天皇は畏れおびえ、両手を目で蔽ったまま御殿の奥に隠れると、大蛇を元の山に放させた。そして、改めて名をお与えになって「雷」とした。”

ここでも少子部連蜾蠃は、雷の化身たる大蛇を、天皇に献上しています。
また三輪山の蛇を製鉄集団、すなわち素戔嗚尊とみるなら、栖軽がもっている”他の者たちを凌ぐ力”とは、製鉄集団の制御ではないかと考えられます。
なんにせよ、天皇は雷をおそれ、少子部蜾蠃は雷をコントロールしているのは、今までの記述から明らかです。だとすれば、天皇が製鉄集団をおそれ、少子部がそれを制御していたことになります。
では、少子部と雷にはどんな関係があるのでしょう。
雷の意味するもの
少子部は雷をあつかいに長けています。その雷が意味するのは、天候なのか、落雷なのか? ひょっとして少子部は、古代における天気予報士だったのでしょうか。
答えはいずれも否です。

前述したとおり、少彦名命は大国主をサポートしています。そして、大国主は素戔嗚尊につながり、素戔嗚尊はいわずとしれた製鉄集団の首領です。ここで素戔嗚尊を製鉄集団と置き換えるなら、少彦名命は製鉄集団をサポートする役割、もしくは製鉄集団統べる役割を担っているといえます。
製鉄集団との関わり
さらにもうひとつ、ここで少彦名命と少子部がおなじ存在だと仮定するなら、少子部は製鉄集団を統べる役目を果たし、なおかつ雷のあつかいに長けた存在──ということになります。
ここまで読むと、雷というのは、どうやら製鉄集団に関係していて、しかも製鉄の力の源泉となるもののようにおもえます。

製鉄関係でみると、雷は鉄を打つさいに飛びちる火花を想起させます。鉄を加工する鍛冶集団。それが、少子部の正体ではないでしょうか。製鉄集団がとかく力をもっていた古代において、鉄から武器をつくる集団がいたとすれば、彼らが重宝されるのもうなずけます。
少子部があつかう雷は火花だったと、そんな気がしてなりません。