文脈でよむ

サッカーという現象学

オシムの戦術
千田善
中央公論新社

ドイツワールドカップで惨敗を喫したサッカー日本代表は、失意のどん底に沈んでいた。黄金世代がピークを迎えるこの大会で日本代表は世界と対等にたたかうことを期待され、それができると皆が信じていた。しかし淡い目論見は、あっけなく崩壊する。

オーストラリアの反撃を受けると守備ラインがずるずる後退して屈辱的な逆転負けをくらい、そのあとも攻め手を欠いてはリカバリーできない状態が続く。相手に手を打たれると打開できなくなり、決断を下せないまま時間だけがすぎていく。さらには格上のブラジル相手に特攻を挑んだものの3-1であえなく惨敗。自ら弱点をさらけだしたまま、日本はいいところなくグループリーグで敗退する。

世界との差はかくも大きいのか──。日本中が打ちのめされていたとき、希望の光となったのがイビチャ・オシムその人だった。オシムは日本化をキーワードに柔軟な戦術を持ちこみ、俊敏性、組織力、惜しみない走力など、日本のいいところを強調する。そして日本代表のアイデンティティ危機を救ってみせた。

哲学者めいた風貌とあいまって、記者会見ではオシムの発言が注目をあつめた。「オシムの戦術」ではサッカー戦術もさることながら、オシムの生い立ちや考え方、他者との接し方が色濃く表れている。日本サッカーにおける最高の指導者であり、導師のような扱いを受け、いまなおオシムを賢人と見るむきは多い。しかし、それはオシムの本当の姿ではないのかもしれない。この老人は、とんでもなく頑迷で偏屈なのだ。そしてそれとおなじだけ輝く知性をもっている。ヘソ曲がり老人のロックな生き様──オシムをそう捉えてみるのもおもしろい。

サムライブルーブルーの勝利と敗北
五百蔵容
星海社新書

ハリルホジッチを解任して望んだロシアワールドカップは、わずかな準備期間しか残されていなかった。しかしそんな逆境をはねのけ監督西野朗のもと、日本代表は紆余曲折ありながらグループリーグを突破する。そして万全の状態でむかえた決勝トーナメント緒戦で、世界のトップオブトップのベルギーと撃ちあいを演じ、華々しく逆転負けを喫する。

「サムライブルーブルーの勝利と敗北」をよむと、短い期間において西野監督はどういう戦術を使って代表を立て直したのか、また攻撃にどのようなオプションを加えたのか、はたまた乾と柴崎の起用にはどんな意図があったのかが、つぶさに観察できる。しかもよくよく読んでみると、ハリルホジッチがめざした戦術と日本代表が抱える致命的欠陥が、おなじ事象であることに気づく。

さよなら私のクラマー
新川直司
講談社

高校サッカーの弱小チームが、努力とチームワークで才能を開花させ、成長していく物語。すこし変わっているのは、これが女子サッカーが舞台にしていることだ。女子サッカーに未来はあるか? という問いかけに負けることなく、弱小ワラビーズの面々は奮闘する。興味を引くのはマンガでありながら、高度なサッカー戦術をくりひろげているところ。バルサのポゼッションサッカー、カンテのイタリア式戦術、偽サイドバック、ゲーゲンプレス──。「さよなら私のクラマー」をよむだけで、戦術のおもしろさが味わえる。

世界のサッカー名将のイラスト戦術ガイド
西部謙司
株式会社エクスナレッジ

クラブに戦術を持ちこむのは、監督にみとめられた特権のひとつだろう。そこにはさまざまな意図と監督の好み、さらに哲学がつめこまれている。そんな生粋の欧州サッカーの監督を図鑑のようにしてまとめたのが「世界のサッカー名将のイラスト戦術ガイド」だ。

これを読むと、監督の仕事は戦術だけではないことがよくわかる。ひとくちに監督といっても、組織マネジメント、モチベーションの揚げ方、選手の育成、クラブの方針にまでその範囲は多岐におよぶ。何より驚かされるのは監督のキャラクターが濃さ。あまりの濃くて、これは変人の集まりではないかとおもってしまう。戦術うんぬん以前に監督がおもしろい。

徳は孤ならず
木村元信
小学館文庫

Jリーグ創成期に、サンフレッチェ広島を支えた今西和男の足跡を記した名著。今西は当時のサンフレッチェにおいて、GMにちかいポジションを担当し、辣腕を振るっていた。森保一、風間八宏、片野坂知宏、小林伸二など現在に名だたる監督が今西と関わっているのだから、その育成のすごさがわかる。チームを作るときに必要なものはビジョンでも戦術でもない。人の面倒をみる大切さだ。この人は裏切らないという絶対的な信頼感、今西はそれをもってGMにあたったのだ。

アオアシ
小林有吾
小学館

愛媛のサッカー少年が常勝のクラブユーズに入団し、レギュラーを勝ちとる様が描かれる。止めて蹴る、トライアングル、コーチング、ディフェンスの絞り、5レーン理論など高度なサッカー知識が次から次へと出てくる。サッカー知識を読んでるだけでもたのしい。情報過多にも見えるが「アオアシ」だが、田中碧や旗手怜央といった川崎フロンターレのサッカーをみると、案外これが現在の標準仕様かもしれない。情報を瞬時にキャッチして処理するJリーガーは、本当はとんでもない人たちなのでは?

コラソン
塀内夏子
講談社

得点力不足で苦しむ日本代表に、新たなFWが加わった。その男の名は戌井凌駕。彼は暴力事件をおこしてJリーグから追放された悪童で、南米クラブを渡りあるき、どのクラブでも得点を量産してきた経歴をもっている。点のとれるFW、それでいて札付きのワル。新しく監督に就任したヘルマンは、日本代表に狂犬を解きはなち、大人のケンカをしてみろと要求する。ちゃんとケンカができるかどうか。日本サッカーの弱点を本質にちかいところでズバリと指摘しているのはコラソンだけ。

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