新編 宮沢賢治詩集
天沢退二郎編
新潮文庫
「心象スケッチ 春と修羅」は、宮沢賢治が自費出版した詩集です。
よほど斬新だったのか、出版当初はけっこう話題になったようです。
その詩集のなかに「永訣の朝」があります。
永訣の朝は、最愛の妹トシ子がなくなった際につくられたものです。
病に伏せった妹が、のどの渇きをもよおし、
「あめゆじゆとてちてけんじや」
──雨雪みぞれをとってきてください
と訴えます。
この台詞はひろく知られていて、恩田陸の「蜜蜂と遠雷」にも登場します。
音楽コンクールの二次予選で、ピアノ演奏者が課題曲が「春と修羅」を演奏するのですが、
市民ピアニストの高島明石が、「あめゆじゆとてちてけんじや」を天からこだまするトシの声のように弾くシーンがあり、それがとても印象にのこっています。
春と修羅を手にとった理由は、じつはこの蜜蜂と遠雷にあったりします。
■最愛の人
訛りそのままに、トシ子の息遣いがつたわってくる「あめゆじゆとてちてけんじや」もいいのですが、個人的には、
”うまれてくるたて こんどはこだにわりやのごとばかりでくるまなあよにうまれてくる”
のほうが好きです。
”またひとにうまれてくるときは
こんなにじぶんのことばかりで
くるしまないやうにうまれてきます”
という意味です。
これは死を受け入れたトシ子の心情を表しているようにおもえますが、それだけではありません。この一文には、トシ子の気づかいがうかがえます。
ここには、自分の身体のことで家族なり周囲の人々に迷惑をかけてしまったという後悔と、今度生まれてくるときは健康な身体でうまれてきて、みんなを喜ばせたいという想い──あるいは願い──がふくまれているようにおもいます。 死に際して、なお周囲を慮おもんぱかる。そのやさしさを想像をし、目頭が熱くなりました。