小説 書評

QED flumen 月夜見│高田崇史

「QED flumen 月夜見」
高田崇史
講談社ノベルス

嵐山にちかい松尾大社境外摂社・月読神社の境内で、馬関桃子は、地面に横たわる黒い陰を見つけます。それは高校時代からの友人、望月桂の亡骸でした。

遺体におどろいた桃子は警察に知らせようしますが、そのとき不審な物音を聞き、身の危険を感じます。そして階段を駆け下りようとしたとき、何者かに背中を押され、階段を転げおち意識を失います。

おなじ頃、松尾大社本殿裏手で、望月観の遺体が見つかります。観は月読神社でみつかった望月桂の兄で、後頭部を殴られ、死んだまま鳥居の貫につるされていました。

さらに、松尾大社にほどちかい衣手神社でも、殺人事件がおこります。そしてその遺体には、薄手の着物が掛けられているのでした。

■タタル参上

ジャーナリストの小松崎が現場にやってきて、刑事から聞き込みをしたところ、これらの事件が手毬唄「月夜見」をなぞった見立て殺人であることが判明します。小松崎は盟友・桑原崇に連絡をとり、タタルと奈々は、月読の事件に巻きこまれていきます。

■月読命

「古事記」「日本書記」は、月読命について、以下のように記しています。

”亡くなってしまった伊弉冉尊と会うために行った黄泉国から、ようやくのことで戻った伊弉諾尊が「竺紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で、自分の身の穢れを禊ぎ祓い落とした際に、左の眼からは天照大神が、鼻からは素戔嗚尊が、そして右の眼から生まれたのが、月読命なのだという。その後、天照大神は高天原を、素戔嗚は大海原を、月読命は夜の国を治めることとなった……。”

このことからわかるように、月読命は、天照大神と素戔嗚尊の兄弟神にあたります。

■マイナーな神

しかし、ここで疑問がひとつ。

天照大神と素戔嗚尊というメジャーな兄弟がいるのに、月読命はいかにも影が薄く、謎に包まれています。

月読命を祀る神社をみても、
・伊勢神宮・内宮別宮の月読宮や外宮別宮の月夜見宮
・松尾大社境外摂社の月読神社
・長崎県・壱岐市の月讀神社
・月読命と習合した出羽・月山神社

など聴き慣れない場所がいくつかあります。

■死後の世界

これを読むまえは、月読命は、つきよみ=月&黄泉死後の世界のことだろうと、ぼんやり考えていました。QEDは”文字通り”解釈するというのがポイントで、この連想は、的中といかないまでも、なかなかいい線をついていたことになります。

なるほどと思ったのは、古代では月が不吉なものとみなされていたことです。竹取物語では”「月の顔見るは、忌むこと」”と、はっきり記されています。

また紫式部の「源氏物語」には、
”「ひとり月な見たまひそ」
「月見るは忌みはべるものを」”

とあり、女性が一人で月を見てはいけないとか、月を見ることは良くないことだといわれている───と書かれています。また、在原業平も、
”大方は月をもめでじこれぞこの
  つもれば人の老いとなるもの”

と、月に対する否定的な和歌をうたっています。

月が不吉なものとされるのは、やはり、黄泉に関係するからでしょうか。そこに忌があるということは、触れてはならぬもの、封じこめるべきなにかがあることを示しています。

結界を張り封じこめておいて、決して表にだしてはいけないもの。

それはなにか? 怨霊です。

では、やはり月読のなかには、黄泉が隠されているのでしょうか?

高田崇史の新説には毎回おどろかされます。いつも「それはないだろ!」とおもうのですが、今回もそれに負けずおとらず大胆な説です。

あまりに大胆すぎて、
───これ本当か?
と目をうたがいました。

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