小説 書評

罪の声│塩田武士

「罪の声」
塩田武士
講談社

京都でスーツのオーダーメイド店を営んでいる曽根は、入院中の母親からアルバムと写真を持ってきてほしいといわれ、電話台の引出しをさがします。すると段ボールから、カセットテープ黒革のノートが出てきます。不審におもった曽根がカセットを再生させると、そこから、

「きょうとへむかって、いちごうせんを……にきろ、ばーすーてーい、じょーなんぐーの、べんちの、こしかけの、うら」

という子どもの声が流れてきます。その声を聞き、曽根は背筋を凍らせます。

なぜなら、カセットに録音されていたのは、かつて世間をさわがせたギンマン事件の脅迫につかわれたテープだったのです。そしてテープから流れてくるのは、紛れもなく幼いころの自分の声でした。

■謎の企業脅迫

ギンマン事件──。

それは昭和を揺るがす大事件でした。ギンガ、萬堂という日本を代表する製菓メーカーが狙われ、ギンガの社長誘拐事件に端を発し、毒入りの菓子をばら撒いたキツネ目の男が指名手配となり、犯行グループは、複数の製菓・食品メーカーをつづけざまに恐喝しました。

どうして、こんなものが我が家にあるのか?

曽根は、その想いを強くします。そしてギンマン事件と自分の関係を確かめるべく、父の友人に相談し、当時の関係者をさがしはじめます。

■阿久津の災難

芸能担当記者だった阿久津は、社会部の鳥居に呼び出され、戦々恐々としていました。事件担当デスクの鳥居は、サツ回りの代表格、その命令には誰も逆らえずパワハラまがいの行為も厭わない強面です。

鳥居はスルメをくわえながら、やってきた阿久津にA4用紙を投げて寄越し、未解決事件の特集でギン萬をやると、何食わぬ顔でいいます。しかも断る気マンマンの阿久津を無視し「で、おまえを取材班に入れたってわけや」と強制参加を命じます。

阿久津は、ハイネケン誘拐事件を聞きこみしていた東洋人がいたという情報を確認しにロンドンに行ったり、当時ギンマンに関わった大先輩から当時の資料を譲り受けたり、怪しげな仕手筋から話を聞くなど、地道な調査をおこないます。しかし、なんの手がかりも得られず、途方に暮れます。

そんなあるとき、犯人の無線交信記録が届いたのをきっかけに、阿久津は犯行グループがあつまっていた小料理屋の存在を知り、事件の糸口をつかみます。

■よみがえるグリ森

ギン萬事件と名称を変えていますが、下敷きになっているのは「グリコ・森永事件」です。ページをめくるたびに、社長誘拐事件やら、本社とグループ企業の連続放火事件、キツネ目の男に青酸ソーダを混入する防犯カメラの映像が語られ、当時の生々しい様子がよみがえってきます。

「罪の声」を読むと、あらためて一連の事件経過をたどれるので、その過程がじつにおもしろいといえます。事件の発端から、犯人像の特定、仕手筋がからんでいた背景を踏まえると、報道とはちがったリアリティがあって、なかなか味わい深いです。

もちろん、フィクションなので推測込みの掘り下げなのですが、フィクションはフィクションなりの再現があってしかるべきだとおもいます。

■犯人、現る

なかでも、最大の山場となる一九八四年十一月四日の攻防は、緊迫感があります。犯人から指示があった城南宮バス停のベンチの裏には、茶封筒があり、そこには名神高速にむかうよう記されていました。いわれるがまま、現金輸送車は、大津サービスエリアにむかいます。ここで昂奮は最高潮に達します。現金輸送車が到着する十分ほどまえに、特殊班員は不審人物を発見していたのです。

”「職質したい!」

車に戻った特殊班員は無線マイクを強く握り締めた。重要な犯行現場に二度も現れた。十中八九、犯人グループの構成員だ。警察が現認している唯一の被疑者であり、ここで取り逃すと二度と顔を拝めない。”

”しかし職務質問は認められなかった。警察庁の方針はあくまで「一網打尽」。”

このとき現場にいた特殊班員たちの心境はいかなるものだったのでしょう。目の前に犯人らしき人物がいるにもかかわらず、逮捕はかなわず、臍をかむほかありません。絶対に犯人をつかまえると意気込んでやってきた刑事たちは、身を引き裂かれんばかりの葛藤に苛まれたはずです。悔やんでも悔やみきれない。そんな感情が渦巻いています。

犯人グループと警察の攻防もさることながら、警察内部の軋轢もリアルに描かれています。事件の生々しさや臨場感はおみごとです。

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