小説 書評

紙の城│本城雅人

「紙の城」
本城雅人
講談社

IT企業のインアクティブは、アーバンテレビから株を取得し、東洋新聞の買収にむけて動き出していました。

世間の注目をあつめるなか、インアクティブ社長の轟木は、記者会見で買収が基本合意に達したと発表。さらに、東洋新聞を買いとったあかつきには新聞協会を脱退し軽減税率を受けないと宣言、記者たちをあっと驚かせます。

新聞社の軽減税率は、定期購読の日刊紙と週二回以上発行する新聞が、増税分について課税されない仕組みとなっています。これは許可申請によって軽減されるものではなく、自動的に課税されない制度です。

轟木はネットに軸足をおいた新聞社として既存の日刊紙には当て嵌まらないとの考えを示し、新聞協会からの脱退を表明することで、世の中が増税にあえぐなか、新聞社だけが軽減税率の恩恵にあずかるわけにはいかないと訴えます。

この会見以降、新聞社は既得権益として厳しい目にさらされ、インアクティブは世論を味方につけます。そして、着々と買収をすすめていきます。

■M&A攻防

「紙の城」には、話の軸が二つあります。M&Aする側とされる側の軸です。ひとつめは東洋新聞の買収をする側、インアクティブの視点です。

ここでの主要人物は、インアクティブ取締役戦略室長の権藤です。権藤はかつてコンサルタント会社に勤務し、カリフォルニア大学へ留学、東洋新聞にも在籍したことがある異色の経歴の持ち主です。現在は、轟木のもとで参謀として辣腕を奮っています。今回アーバンテレビ経由で東洋新聞を狙ったのも、記者会見で軽減税率を持出し世論を味方につけたのも、すべて権藤がもちだした策でした。

もうひとつの軸は、M&Aされる防衛側──東洋新聞からの視点です。

ここでの主要人物は安芸で、安芸は、現在、東洋新聞の社会部デスクをつとめています。大学を卒業するのに八年を要し、二十六歳で入社した変わり種、上司や同僚にも顔が利き、後輩の記者たちにも慕われています。

今回のインアクティブの乗っ取りに対し、安芸は、役員を説得したり、新聞の未来像について連載をはじめたり、はたまた記者たちを動員して轟木の身辺を調査するなど、重要な役割を果たします。

■光と闇

権藤と安芸は、M&Aを通じて対照的なポジションをとります。

攻めと守り。

革新と保守。

ベンチャーと伝統。

ネットと新聞。

デジタル配信と宅配。

そして、斜陽にさしかかった新聞社を変えようとする者、守ろうとする者。

ふたりはつねに対をなし、触れるもの、見聞きするもの、問題点の捉え方など意見を悉く異にします。しかし、よくよく読んでみると、安芸と権藤の攻防は、正反対の立場にありながら、実はとてもよく似ています。

ふたりとも、新聞はこのままだと尻すぼみになるという危機感があり、新聞社に改革が必要という点で共通しています。また、今後、新聞にもとめられる方向性も似かよっています。

”安芸と権藤は、新聞の在り方について考えが一致している。権藤は意見を書くべきだと言った。安芸も書き手の顔が見える記事を書けといつも後輩たちに言ってるだろ。”

そうしたふたりの対立軸から、新聞は事実をつたえる媒体ではなく、意見をつたえる媒体になるべきだとのメッセージが読み取れます。それを権藤は、外側からの圧力によって変革をうながし、かたや、安芸は内側から記者たちを指導することで自己変化を促します。

安芸と権藤のちがいは、そのまま新聞の現状を投影しているようでおもしろいです。同じなんだけど、そうじゃないんだよといったジレンマが、それはそのまま新聞業界のジレンマなのですが───そこかしこに散りばめてあります。

■新聞の未来

「紙の城」の主人公は、安芸です。安芸は記者の本分を貫き、乗っ取りを防止し、自社を守ろうと奮戦します。

東洋新聞の株譲渡が公になった翌日、紙面会議に出席した上役が、インアクティブに触れない日よりみな態度をとると、安芸は「うちの意見は言わなくていいんですか」と果敢に主張。編集局長らの意見を押し切って新連載を開始します。

頼りがいがあって、粘り強く、新聞にたいして誰よりも情熱をもっている。安芸の戦う姿をみていると、IT企業に負けるなと、応援したくなります。

ですが、純粋に「新聞の未来はどうなるか?」という視点や新聞の将来の展望を考えたとき、新たなプランを持っているのは、あきらかに敵役のインアクティブなのです。

■新聞の価値

たとえばニュースの速報性ではラジオ、テレビよりもインターネットが優れ、とくに今ではツイッターなどのSNSがもっとも速くなっています。そこに新聞の割って入る余地はありません。

また、現在ではニュースサイトの記事が、ポータルサイトに掲載され、閲覧数によってお金が入ってくる仕組みになっています。簡単な発表記事でも早く自社サイトにアップすることで、それをポータルサイトが引っ張っていくため、ネットユーザーからすればたった数分の差が独占スクープのように映ったりします。かつて新聞の果たした役割の多くが、いまはポータルサイトが担っているのです。

さらに、
”大地震や飛行機事故があった時、ウェブサイトに限っては現場に出た記者全員の記事を載せてもいいかもしれませんね。”

というように、新聞には新聞のよさがあり、インターネットを活用すれば新聞はもっと多くのことができます。そのことは素人からみても明らかです。現状を踏まえると、速報性と事実性とコンテンツ性に微妙なちがいがあり、これらはがある程度すみわけができそうです。

では、これらのすみわけ───新聞なりニュースサイトの変革を、新聞社が成し遂げられるのかといえば、答えはノーです。新聞社のウェブサイトをみればわかるとおり、その可能性はまるで感じられません。

そういう意味で、新聞のもっている潜在的な可能性を最大限に活かせるのは、実はインターネットであり、IT企業なのです。物語をよめば弱者としての安芸を応援したくなるのに、純粋に戦略としてどちらが魅力的かといえば、敵方の権藤に軍配があがるのです。

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