小説 書評

聖女の毒杯│井上真偽

『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』
井上真偽
講談社ノベルス

金貸しの姚扶琳は、結婚式に参列するため、田園風景のひろがる田舎にやってきました。

結婚するのは、不動産業でのし上がった地元の資産家・俵屋家の長男と、その不動産屋から仕事をうけている零細工務店の娘です。

花嫁───零細工務店側の───瀬那は、もともと結婚に乗り気ではありませんでした。乗り気でないのに断らなかったのは、父の会社が倒産寸前になったとき、俵屋にたすけてもらった恩があったからです。父の頼みに抗しきれず、瀬那は自分の決意も出来しないまま、流されるように結婚を決めます。

■カズミ様伝説

結婚も間近にせまった頃、瀬名は、この地方に古くからつたわるカズミ様を訪れます。カズミ様というのは、村にいた美しい娘───カズミが、殿さまに見初められ、むりやり結婚を迫られたという言い伝えです。殿さまの無理強いに困っていたカスミは、結婚を承諾する振りをして茶会に出席し、毒を盛ってその場にいた男衆をみな殺しにします。

瀬那は、自分の境遇をカズミ様に重ねるものの、カズミ様のような強さがあるはずがないとあきらめます。そして、結婚に反対できないのは自身の意思の弱さのせいだと嘆くのでした。

■結婚式で殺人

当日、挙式の最中、思いもよらぬことがおこります。式の途中、大盃に注いだ酒を回し飲みしているとき、両家の関係者が三名死亡します。正確にいうと、死んだのは花婿、花婿父、花嫁父の三人、それと回しのみの最中に闖入してきた犬一匹です。

おなじ盃のお神酒を口にしたのに、死んでいる者生きている者がいるため、犯人は何らかのトリックを使ったものと思われます。犯人は誰で、いったいどんなトリックを使ったのか? 盃のトリックをめぐって、関係者は推理を巡らせます。

しかし、延々推理をくり返すものの、いずれの説も決め手に欠け、犯人の特定には至りません。それもそのはず、この毒殺事件を画策したのは、花婿、花嫁の関係者ではなかったのです。<偽装/トリック>を仕掛けたのは、たまたま結婚式によばれ、傍観者のごとく事態を見守っていた姚扶琳でした。

■絶体絶命

この事件は、結婚式での大盃の回し飲みが引き金となっています。飲んだのは、花婿、花嫁、花婿父、花婿母、花婿上妹、花婿下妹、花嫁父、花嫁伯母の八名と、犬一匹に限られます。

にも関わらず、死んだのは花婿、花婿父、花嫁父だけです。回し飲みの順番でいうと、間に人をおいた状態で、人が死んでいます。酒に毒物を混入したなら、回しのみした全員が死なないとおかしいのですが、そうなっていません。ということは、犯人は、盃になにかを仕掛けています。では、どうやって毒を仕込んだのか───。という流れで、話は展開していきます。

一風変わった毒殺事件から、あの手この手のおもしろ推理が繰り出されていきます。しかし、「聖女の毒杯」が目を引くのはそこではありません。推理合戦など、ただの前座にすぎません。

この物語が俄然面白くなるのは、姚扶琳が、かつて所属していた組織のボス・沈老大と対面するところからです。

迎えの車にのり、いやいや連れ出された姚扶琳は、組織のボス・沈老大と再会します。なぜ呼び出されたのか腑に落ちない姚扶琳は、沈老大のかわいがっていた犬が亡くなったのを知り、自分の失態に気づきます。先の結婚式で死んだ犬は、沈老大の愛犬だったのです。しかもその犬は、異常な性趣向をもつ女帝の夜の相手だったのですから、沈老大の最愛のパートナーを殺したもおなじです。

まずい。もしあの犬を殺したのが、自分だと知れたら───。

扶琳の命に危険がおよぶなか、推理劇の第二幕がはじまります。当然、奇蹟探偵・上苙丞がやってきて真相をあかすのですが、そうすると、扶琳は窮地に立たされてしまいます。はたして、探偵は真相を見破り、助手を窮地へと追いやるのか?

■犬も歩けば

「犬一匹にここまで振り回されるのか!」というのが、この作品の一番の沸点です。まさかあんなところに、仕掛けがあるとは思いませんでした。読んでる途中で「えっ、そこ!?」とツッコみたくなります。ミステリィなのに、ミステリィ以外の部分で驚かされるなんてあまりない経験です。これは純粋に笑えます。

禍福は糾う縄のごとしといいますが、人生どこで不幸のスイッチが入るかわかりません。後半の推理合戦で、推理の成り行きに一喜一憂する姚扶琳はなかなかの見物です。

なんとなく、このシリーズの傾向が読めてきました。このシリーズは無茶な推理をたのしめばよいのであって、真相は二の次でいいのです。真相はどうで、どんなトリックを使ったとか、意外な犯人とか動機とか、本格推理がよろこびそうな回答はあまり重視していません。そういうことは気にせずに、メタ推理の応酬を眺めればいいのだと思います。

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