小説 書評

ABC殺人事件│アガサ・クリスティ

『ABC殺人事件』
アガサ・クリスティ
堀内静子訳
早川書房

列車の殺人、航空機内の殺人、上流社会の殺人といった数々の事件を手がけてきたポアロ。そんなポアロの下に、ABCと名乗る人物から、挑戦状が届きます。

手紙には、挑発的な調子で、今月二十一日、アンドーヴァーに注意することだと書かれていました。手紙を見たヘイスティングズ大尉は、どこかのいかれたやつだといって、取り合おうとしません。事実、警察にはその手の手紙が毎日届いていて、いちいち気にしていてはキリがないのです。

しかし、この手紙がきっかけとなり、奇妙な殺人事件がはじまります。

■最初の事件

数日後、最初の事件が発生します。アンドーヴァーで、煙草と新聞を売っていた老女が、遺体となって見つかります。

老女の名前はアッシャーといい、アッシャー夫人は、奥の棚から煙草のパックをとろうとして、後頭部を鈍器で殴られたのです。夫人には酒びたりの亭主がいて、警察は、その亭主がアッシャー夫人から金をせびろうと殺したのではないかと、にらんでいます。

やがて亭主が連行されてくると、男は「おれは殺しちゃいねえ!」と悲鳴のようにわめきます。それを見たポアロは、この亭主は、手紙の主ではないと看破。連行されてきた男は、手紙の主ABCがみせたような知性がないのを見抜きます。

そうこうするうちに、現場にいた警察は、カウンターにABC鉄道案内がおちているのを見つけます。しかも鉄道案内は、アンドーヴァー発の列車の頁をひらいた状態で伏せてありました。

そして今度は、ベクスヒルの海岸で、エリザベス・バーナードの死体が見つかります。さらに先の事件をなぞるように、彼女の遺体の下からもABC鉄道案内が見つかるのでした。

Aの場所で、Aの被害者が。

Bの場所で、Bの被害者が。

犯人は殺人予告まがいの手紙をよこし、ポアロをあからさまに挑発しながら、次々と殺人を遂行していきます。名探偵の名をほしいままにしてきたポアロは、ABCを名乗る犯人のまえに為すすべなく連敗を喫し、しだいに面目をうしないます。ポアロは、この難事件をどのように解決するのでしょう?

■元祖見立て殺人

Aのつく場所で頭文字Aの人物が、Bのつく場所でBの人物が殺害され、いずれの殺人現場にもABC鉄道案内が見つかるというかたちで、事件は進行していきます。

符号めいた連続殺人により、事件にある種の様式が生まれます。定型化されているというか、だいたい先が読める感じです。次はCという場所で、Cなる人物が殺されるにちがいないと期待していると、その通りに殺人がおこるので、ホラやっぱりとなります。

不思議なもので、規則なり見立て殺人というのは、予想通りに事件がおこるため非常にすっきりします。一定の法則というのは魅力があり、物語のなかでは引力のように作用します。

とはいえ、一定の法則にしたがって読んでいる時点で、すでにアガサ・クリスティーの罠に嵌っているわけですが。

■色あせない名作

このパターンは、金田一少年の事件簿だったり、横溝正史なりで絶対読んでいるはずなのに、トリックが明かされたときは、なるほど! と納得してしまいます。なぜでしょう? 同じネタなのに、まるではじめて読んだかのような感じは、我ながら不思議です。

同じトリックであれ、使い古されたネタであれ、「ABC殺人」には、色あせないみずみずしさが漂っています。オリジナルの気品でしょうか。名作の香りというか、じつに新鮮な感じがします。いやあ、名作って本当におもしろいですね。

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