小説 書評

イノセント・デイズ│早見和真

「イノセント・デイズ」
早見和真
新潮社

JR横浜線中山駅近くにある木造アパートで、放火事件がおこり、井上敬介の妻・井上美香と、ふたりの娘が死亡します。

犯人は田中幸乃という若い女性です。幸乃はかつて敬介とつきあっていて、敬介が別れ話を切り出したところ、それがこじれストーカー行為に至ります。そしてストーカー行為が行き過ぎて、放火に及んだものと見られています。

裁判長が、幸乃に死刑判決を言い渡すと、記者たちは立ち上がって駆け出します。「死刑! 死刑!」の声が法廷内に響き、悲鳴や非難の声、怒声がいっせいに飛び交います。
法廷が騒然とするなか、ただひとり幸乃は、静かに佇んでいました。心を乱すことなく、あらかじめそうなることを知っていたかのように、彼女はすこし頬を緩めて笑います。

その笑みには、いったいどんな意味があったのか? ストーカー放火事件の犯人は、本当に幸乃なのか? 事件の真相を回想するように、物語は、彼女の生い立ちに遡ってはじまります。

■逆転無罪?

読み進めていくと、事件の真相と、判決までのプロセスが明らかとなります。
幸乃の母親が中絶しようとしたことや母親が交通事故で亡くなったこと、養父が酒におぼれるようになったこと、中学時代におこった本屋で強盗事件、小学校時代の友人との出会い、そして井上敬介との関係──。田中幸乃の半生を駆け足でたどり、ベルトコンベアのように、ストーリーは一定の間隔で展開していきます。

マスコミは当初、幸乃を放火犯の悪女として報道するのですが、物語を読みすすめていくうちに、彼女が悪事とは無縁の女性であることがわかります。そして、弁護士になったかつての親友が、幸乃の事件を調べていくと、徐々に、彼女の無実があきらかになるのです。

■幸乃の変化

逆転無罪の期待が高まる一方で、幸乃の反応は、すこし変わっていました。すこしというか、大分かわっています。彼女は死刑判決を自分自身の不幸として受け入れ、無実になることをまるで望んでいなかったのです。
その様子はどこか空虚で、恐ろしいものがあります。彼女の様子は最初から張りがなく、罪を肩代わりすることも、自身に理不尽な死が訪れることも、なにも感じていないように見えます。

自分の存在が希薄。
自分の幸せについて無関心。


周囲の状況が刻々と変化し、無実が判明していくにもかかわらず、幸乃は最後までこの態度を変えようとしません。幸乃の感情は、徹頭徹尾冷めたままです。

■自己犠牲の囚人

判決直後に、幸乃は、「う、生まれてきて、す、す、すみませんでした」と弱弱しくこぼすのですが、その姿は進んで不幸を引き受けているようにみえます。

ストーリーは最終的に救いようのない結末を迎え、後味の悪いまま終わるのですが、その後味のわるさは、彼女の性格に起因しています。主人公が冷めたままなので、どうしてもストーリーが平坦になってしまいます。他人に感応しない主人公というのは、どうにも収まりが悪いものです。

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