小説

いちご同盟│三田誠広

『いちご同盟』
三田誠広
集英社文庫

公立の中学校に通う内気な少年の北沢良一が、この物語の主人公です。良一はピアノを続けようと、音楽科のある高校への進学を希望しているのですが、そのことを母親に打ち明けられず悶々としています。

というのも、良一の母親は、正確無比な演奏を信条とするピアノの先生で、良一の技術は母親が認める水準に達しておらず、自分の口からピアノを続けたいというのはどうしても憚られるのでした。ピアニストの道に踏みだそうとする期待と、将来が閉ざされそうな不安。そして、自分が傷つくかもしれない心情が綯い交ぜとなり、良一は身動きがとれなくなっています。

そんなとき、良一は、野球部のエース羽根木から、試合をビデオで撮影してほしいと頼まれます。羽根木が撮影をたのんだのは、入院している幼なじみに試合をみせるためで、幼なじみの名前は直美といい、彼女は足に腫瘍を患っていました。しかも直美は、手術で片足をばっさり切り落としていて、ナーバスになりがち。羽根木は、そんな彼女を元気づけようとさりげなく振る舞っています。

羽根木にいわれ、渋々付きあっていた良一ですが、病院に通ううちに、直美に惹かれていきます。

あるとき、良一は、直美が検査のため手術をすると知り、心配になって病院を訪れます。すると直美は目に涙を溜めて、「あなたって、ほんとに変な人」とつぶやきます。良一は、何といっていいかわからず、呆然と立ちつくします。彼女は、良一をじっとみつめてただ一言、「あたしと心中しない?」とささやくのでした。

■青春萌え

良一が病気の直美を好きになっていく様子は、読んでて甘酸っぱい気持ちになります。青春モード全開。背中がこそばゆいです。また良一がピアニストの夢に踏み出せず躊躇したり、社会になじめず青臭い理想をかたる場面も、なんだか気恥ずかしい感じがします。

そういう意味で「いちご同盟」は、王道の青春ストーリーといえます。

良一ははじめての異性───恋愛感情に触れたり、大人の社会に触れたり、人生の不条理に触れたりします。そして自分に可能性を感じ、と同時に、挫折をあじわうなど、青春大忙しの日々をおくっています。

良一が経験しているのは、自分の意識のなかで他者を区別する過程です。それは自己と他者のギャップに悩む過程でもあります。すこしおおげさに云うと、他者との関係性において拒否反応をおこしている状態です。

青春ストーリーにおいては定番ともいえますが、ナイーブな少年の内面を垣間見る瞬間───良一のビビッドな反応をみると、胸がきゅんとなります。良一の拒否反応はとかく純粋で、純粋なゆえに、かえってそれが痛々しく映ります。しかもその感情が、ナイーブなだけでなく時折、ぞっとするほど暗い感情を含んでいます。その暗さの淵にどこまでも引きこまれそうなほどに。

■研ぎ澄まされた感受性

印象にのこっているのは、物語終盤で独白する羽根木の場面です。彼は容体が悪化する直美を目の当りにしながら、

”俺の体内には、おやじの血が流れている。軽薄で多情な血だ。いまは、直美のことしか考えていない。だが何年かたてば、直美のことなど忘れて、別の女を追いかけているかもしれない。おれはそういう自分が怖い……”

と打ち明けます。
受け入れがたい現実をまえに、彼は人目もはばからず、心情を吐露します。その言葉はあまりに鋭利で、生々しいものでした。吐きだす感情が鋭利すぎて、いとも簡単に自分を傷つけています。

ときどき見せる身を裂くような鋭い描写は、青春ストーリーのイメージとは真逆で、強烈な輝きを放っています。いってみれば、平凡のなかに非凡を忍ばせる感じでしょうか。物語全般を平凡な青春ストーリーで埋め、それとコントラストさせるように暗い感情───非凡を置いているとおもいます。

平凡と。
狂気と。
輝き。

それがこの物語に魅かれる理由だとおもいます。

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