小説 書評

魔法の色を知っているか?│森博嗣

「魔法の色を知っているか?」
森博嗣
講談社タイガ

ウォーカロンと人間が共存する社会を描いたお話、いわゆるSFです。

ハギリ博士は人間とウォーカロンを識別するための測定システムを開発した研究者で、その測定システムは世界唯一の手法として国際的に評価されています。ただメーカーはこのシステムを快くおもっておらず、ウォーカロンの製品価値低下をまねき、企業利潤を損なう可能性があるとして、ハギリ博士の命を狙っています。

今回、ハギリ博士は、人工生体技術に関するシンポジウムに参加するためチベットにやってきて、そこで人間の子供がいるナクチュ特区を訪れ───この世界では子どもがほとんどいません───シンポジウムの前夜祭パーティに出たり、クーデターの一味に襲われたりします。ハギリ博士のまわりには、ウグイとアネバネという政府から派遣された腕利きのボディガードがいて、彼女たちの活躍で、博士は数ある危機的状況をなんとか切り抜けていきます。

■天才かく語りき

クーデターが勃発し、反乱軍から逃げおおせたハギリ博士は、地下倉庫で、ヴォッシュ博士なる人物と出会います。ヴォッシュ博士は、物理学と生物学のふたつの分野にわたり、膨大な功績をのこす天才科学者。そしてヴォッシュは、ハギリ博士が尊敬する人物でもありました。
彼はシンポジウム会場にむかう途中に軍隊に停められ、ガイドが車をほっぽって逃げ出したため、車の自動運転により地下倉庫にやってきたのです。

偶然出会ったふたりの科学者が、人類の課題について議論を交わす場面があり、それがとても印象に残っています。SFでありながら、そこは人間の未来を予言するような議論で、人間の寿命が延びたことの原因やウォーカロンはいかにして人間と同化していくかという話、また人間が子孫を残せなくなったのはなぜかといった話で盛り上がります。ふたりの会話は、冷静で分析的、そしていくつかの哲学的示唆に富んでいます。

その内容は高度に抽象化され、堅苦しく、わかりにくい向きがあるのですが、それでも時折ハッとするのは読んでいて楽しいところです。それはウォーカロンを語りつつ、その根本に「生命とはなにか?」といった人間に対するふかい洞察があるからだと思います。

そう考えるとWシリーズには、人口減少がすすむ現代社会への警鐘が、多少なりとも含まれているような気がします。人間とウォーカロンが共存する社会。それは幸福にみちた楽園か、それとも行き場をうしなった煉獄なのか──と。

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