「ロシア紅茶の謎」
有栖川有栖
講談社ノベルス
エラリー・クイーンの国名シリーズをなぞってつくられた有栖川有栖の推理短編。なんでも「ロシア紅茶の謎」は、有栖川有栖・国名シリーズ第一弾にあたるそうです。そう云われると、とても貴重に思えます。
ちなみにかつて、このシリーズが文庫本で「火村英生の犯罪推理」なるタイトルで売られていて、我が目を疑いました。講談社よ。タイトルを変えてまで売りたいか───と。
TVドラマ化に際し、あたかも別の作品に見せかけるなんてあざとすぎます。有栖川ファンはこれを買うんでしょうか?
■火村、登場す
一本の電話から物語ははじまります。電話してきたのは兵庫県警捜査一課の樺田警部で「先生の興味を惹きそうな事件が起きたものですから、もしよろしければいらっしゃいませんか、ということなんですよ」と気安い感じで誘ってきます。もちろん火村は事件に出向きます。
火村は、京都の英都大学社会学部助教授で、気鋭の犯罪社会学者です。その名は警察関係に広く知られ、やっかいな事件を解決する専門家として贔屓になっています。そのため、こういった事件では、よくお呼びがかかるのです。
さて、現場に到着すると、そこには新進作詞家・奥村丈二の死体がありました。当時、奥村の自宅には、丈二の妹、イラストレイターの金木雄也、コンピュータープログラマーの桜井益男、インテリアデザイナーの内藤祥子、モデルの円城早苗が集まり、年忘れのパーティをしていました。
ことの発端はロシア紅茶。ちなみにロシア紅茶というのはジャムの入った紅茶で、奥村丈二が好んで飲んでいたものです。
金木が暖かいものを飲みたいと云い、奥村の妹が、ロシア紅茶を淹れます。カラオケをおえた奥村がやってきて紅茶を飲み終えると、奥村は、喉を掻きむしって苦しみだします。そして床に倒れ、のたうち回り、そのまま死んでしまいます。
毒物は青酸カリと特定され、ロシア紅茶から検出されています。さきの状況から考えるに、奥村の飲んだ紅茶に、青酸カリが混入されたのは明白です。
ロシア紅茶を淹れたのは奥村の妹だけで、それ以外に手伝った人はいません。そしてカップを配ったのはモデルの円城で、こちらも投毒の機会がなかったと考えられています。なぜなら紅茶をサーブする間、彼女は五つのカップが載ったトレイを両手でもっていて、毒物を入れようにもいれられなかったのです。
容疑者として、妹とモデルの円城の名前が挙がるものの、いずれも青酸カリを混入するチャンスはなく、仮に毒物をいれるチャンスがあっても、奥村にそのカップを取らせるのは困難な状況。犯人はどうやって青酸カリを混入したのか? ハウダニットを巡り、火村先生の推理が展開します。
■ミステリィ中毒
どういうわけか、無性にミステリィが読みたくなるときがあります。頭が欲するというか、読みたくて仕方ないというか、なんだかミステリィを読んでないと落ち着かないのです。たとえていうなら、冬場に食べたくなるチョコレートみたいな感じでしょうか。この本を手に取ったのも、ちょうどそんなときでした。
本格推理の魅力───ひょっとしたら魔力は、謎がかならず解決されるところにあると思います。最後のページに辿りつけば答えがあるとわかっているので、早く読みたくなります。
このへんは騙されたくもあり、回答を知りたくもありという心境で、我ながら矛盾しています。冬場のチョコレートみたいにトリックにとり憑かれているので、しょうがないとも云えますが。
トリックにも、心理トリックや機械トリック、あっと驚くどんでん返しなどいろいろありますが、有栖川有栖の描くトリックは、かつて本格作品で使われた古典的なものがほとんどです。それがすこし応用され、テクニカルになっています。本格推理の持ち味を損なわず、ミステリィとして大外ししないのがメリットです。
ただ些かテクニカルがすぎて、それ大丈夫? 読者ついてきてる? というくらい、本格推理に寄っています。なんというか、地味であり、地味のなかに本質をみるような秀逸さがあります。
おそらくこういったトリックを使っていちばん楽しんでいるのは、有栖川有栖本人でしょう。そう考えるとこのシリーズは趣味の本と呼べそうです。トリックマニアが書いた、トリックのための本───みたいな。
■黙って読むべし
これは通のみぞ知る上質の本です。だったら、つべこべいわず案内されるままなかに入るのが礼儀です。奥に通されたらトリックを鑑賞し「あれは本格推理でいうと誰々のトリックに違いない」と納得して愉しめばいいのです。そういう楽しみ方は、トリックの品評の場といえなくもありません。
そこにエンターテイメントとしておもしろいかどうかの判断はありません。そんなもの二の次です。トリックが秀逸であれば、このシリーズの目的は達せられるのですから。