小説 書評

機龍警察 火宅│月村了衛

「機龍警察 火宅」
月村了衛
早川書房

警察庁・特捜部を舞台にした警察小説です。機龍警察を書店で見かけると、その帯にはたいてい近未来警察小説と書かれていて、"近未来"という云い方がいかにも曖昧だとおもいます。"近未来"のことばにひっかかるのは、機龍警察という作品が、SFと警察小説のどちらにふさわしいのか、そういった問いを含んでいるからではないでしょうか。

物語は、テロリストやマフィアといった犯罪集団が、市街地で暴れるところからはじまり、キモノとよばれる近接戦闘用の軍用有人兵器をもちいて暴れだし、それに警察が応戦します。

事件発生当初は、特殊犯捜査係SIT特殊急襲部隊SATが出動するのですが、彼らはキモノ=機甲兵装を持たないため直接現場に介入できず、事態は膠着状態におちいります。そこに特捜部が真打のごとく登場し、最新鋭の軍用有人兵器 龍 機 兵 ドラグーンによって制圧するのです。

ちなみに 龍 機 兵 ドラグーンというのは、警視庁特捜部が保有する未分類特殊強化兵装をいいます。搭乗要員の脊髄に中枢ユニット 龍 骨 キールを埋めこみ、この 龍 骨 キールと一対で対応する 龍 髭 ウィスカーが脊髄反射を検出し、量子結合により機甲兵装に伝達する仕組みになっています。この特殊技術により、従来の機械操縦では実現できなかった反応速度をもたらし、 龍 機 兵 ドラグーンの優れた運動性能をもたらしています。最新鋭の機甲兵装龍機兵。これこそが特捜部の切り札なのです。

と、ここまで読めば、機龍警察は完全にSFであることがわかるでしょう。かっこいいロボットが出てきて、派手に立ち回るのですからSFと呼ばないわけにはいきません。

警察小説の側面

にも関わらず、機龍警察は警察小説として脚光を浴びています。それもそのはず、実際に読むとわかりますが、これは警察小説よりも"らしい警察小説"なのです。いたずらにSFに走ることなく、しっかりと犯人と対峙して追いつめ、主役級に描かれる搭乗要員は、それぞれ人にいえない過去を抱えるなど、骨太の人間ドラマが展開します。

話の筋は犯罪組織やテロ組織を追う犯人探しというもので、パターンはさほど複雑ではなく典型的なものばかりです。そんな中、特捜部は警察組織内の異分子として警察組織内から迫害を受け、苦汁を舐めることになります。

警視庁に新設された特捜部───SPID(Special Investigators Police Dragoon)は、刑事部、公安部どの部署にも属さない専従捜査員を擁し、とくに要となる龍機兵搭乗要員は、専属の契約を交わした警察外部の人間です。いってみれば金で雇われた傭兵。そして傭兵であるがゆえに、彼らは疎まれ、恨みを買い、忌み嫌われるのです。

機龍警察では、特捜部刑事が捜査一課や公安といった刑事たちから捜査を妨害され、いざこざを繰りかえします。それは他課の刑事の仕打ちは陰湿ないじめで、仕事を奪われた嫉妬であり、見えない組織の壁が立ちはだかります。こうした組織と個人の対立は、いかにも人間ドラマ───警察小説らしさがあるのです。

設定を読み解く

今回の作品は、長編では描かれなかった脇役のストーリーや、極秘にされていた 龍 機 兵 ドラグーンの裏設定があり、読み応えがあります。なかでも、トリを飾る<化生>は気に入っています。

マンション脇の駐車場で、経済産業省の課長補佐の平岡が自殺、その平岡が旧財閥系商社から賄賂を受けとっていたことが判明します。特捜部の刑事が平岡の周辺を調べていたところ、捜査一課の刑事がやってきて、お前らの出る幕はないと云い、露骨に妨害してきます。

侮辱に耐えつつ捜査をすすめていると、外事三課の伊庭課長がやってきて情報をもたらします。それは平岡が馮コーポレーションと接触し、如月電工の関連研究機関で先端フォトニクス材料を開発していたというものでした。いくどとなく登場してきた、黒幕の馮コーポレーション。敵が先端フォトニクス材料の開発に関与していたことを知り、特捜部・沖津部長は動揺します。

そんな折り、特捜部が張りこみする最中、如月電工の主導研究員の西村が毒殺されてしまいます。西村が極秘におこなっていた研究内容は何なのか? 官僚の自殺からはじまった一連の事件は、いよいよ 龍 機 兵 ドラグーンの核心へとせまります。

ストーリーは単純?

「攻殻機動隊」では、主要キャラクターが、難解な哲学をかたる場面がよくあり、それは押井哲学とよばれるものだったりするのですが、そういった難解なイメージのわりにはストーリーは意外と単純で、権力批判なり勧善懲悪がベースになっています。

官僚や次官、大臣、金満企業グループといった権力者が汚職や賄賂に手を染め、それが引き金となり、末端にいる犯罪者が事件を起こすというパターンです。事件がおこると、隠蔽したい権力者の思惑がからんで事態は複雑化し、かたや現場では警察が乗り出し、アクションを経由して危機一髪の状況を回避するのがだいたいの流れ、お決まりのパターンです。

で、この使い古されたパターンは、じつは機龍警察でもよく見かけます。ただ王道パターンを踏まえつつ、<化生>では、沖津部長が人間臭い一面を見せるのが、珍しいといえばめずらしい 反 応 リアクションです。

沖津は特捜部を束ねる立場にありながら、元外務省という異色のキャリアをもち、みずから操縦要員をスカウトするなど特捜部を立ち上げた人物です。そして捜査員から信頼があつく、どんな局面においても動じない冷静沈着な指揮官です。緊急事態に際してもほとんど乱れず、悠然とシガリロを燻らし、クールな姿勢を崩すことはありません。あの沖津が焦りをみせるだなんて。これはちょとした事件です。

なぜそこまで沖津が焦っていたのか? それは西村が開発していたのが、従来では不可能だった超高速大容量かつ低エネルギーでの情報伝達を可能とする光デバイスだったからです。いわずもがな、研究内容は 龍 機 兵 ドラグーンに搭載されている技術に関係し、ここにきてようやく 龍 骨 キールの秘密が語られることになります。

ドラクーンの設定をさらに深め、依然として見えてこない馮コーポレーションを滲ませつつ、組織内部にいる敵を描こうとするあたりはさすがです。機龍警察の真骨頂ですね。

-小説, 書評