小説 書評

神の時空 嚴島の烈風│高田崇史

「神の時空」嚴島の烈風
高田崇史
講談社ノベルス

安芸の宮島は広島県佐伯郡にある周囲約三十キロメートルの島で、島の北側の入り江の奥まった場所に厳島神社が建っていて、その厳島神社は一九九六年に世界文化遺産に登録されるなど、瀬戸内海を代表する観光地となっています。

なにより、そこを訪れたことがなくても厳島ときけば多くの人は、海上に浮かぶ巨大な鳥居を思い浮かべるでしょう。ちなみに現存する大鳥居は、平安時代から数えて八代目にあたり、高さは十六メートル、奈良の大仏とほぼ同じ大きさなんだとか。

厳島、ざわつく

宮島出身の大学生の観音崎栞は、地元コンプレックスを抱いていました。宮島が「神の島」だと知ってほしいと願う一方で、にわか観光客に反発を感じることもしばしばです。

帰省した栞が故郷の感慨に耽っていると、幼なじみの河津創太がやってきて、いっしょに厳島神社に参拝しようと話を持ちかけます。翌日、ふたりで出かけると厳島神社に異変が生じます。台風で襲われたような天候と群発地震が発生し、天変地異に見舞われるのです。

ただならぬ雰囲気のなか、厳島神社の職員・柘植が左胸を刺され、大量の血を噴き出して死んでいるのが見つかります。栞たちは、柘植の死にショックをうけます。なぜなら、昨日、神社の受付に顔をだしたとき、柘植は「尻も大きくなって」と栞をからかうほど元気だったのです。

荒れ狂う天候。
それに呼応するようにおこった殺人事件。
これはただごとではない。
栞の胸は、しだいに黒い影に支配されていきます。

そのころ陽一は、テレビのニュースで、厳島神社の大鳥居が揺らぐのを観て、高村一派が関与していることを察知します。そして暴れ出でようとする厳島神社の神々を鎮めるため、彩音とともに厳島神社へむかいます。

厳島の謎

厳島神社に祭られているのは、

市杵嶋姫命
田心姫命
湍津姫命

の三女神です。いずれも天照大神とその弟・素戔嗚命との間に生まれた御子神で、三女神はたがいの持ち物である勾玉と十握剣を噛みくだき、その勾玉と剣からうまれたとされています。特に市杵嶋姫命が単独で祀られるときは弁財天と同一視され、海を鎮め、財服をもたらすありがたい神さまとしてあがめられています。

ここまでは、取りたてて不審な点はありません。神聖なる宮島、由緒ある景勝地のイメージそのものです。が、ここから、厳島の謎があばかれます。
いつくしまですよ、いつくしま。
なにを隠そう厳島。

島の名前の由来が明らかになるくだりは、目をむいて驚きました。それでいて、よくよく考えると当たり前のような事実を指していて、反論の余地がありません。

厳島神社にまつられているのが流浪の神であり、女性神であり、もともとそこに遊女がいたという説明はおなじみの展開です。後世において神として崇められるのは、たいてい、歴史のうえで侮蔑の対象となった人たちで、不遇にあった人たちが祟りをおこさぬようにとの思いがこめらています。敬いつつも封印を施す。その伝統的な日本のスタイルは、さもありなんといったところです。

神社に祭られているのは、功徳をもたらすありがたい神ではなく荒ぶる怨霊であり、怨霊の存在が、厳島に虐げられた人たちがいたことを証明しています。虐げられた人───厳島の場合それが遊女なのですが、遊女から女神に転じていても、なんら不思議ではありません。民俗学のなかでは、むしろ論理的な展開です。

とはいえ、今回の謎は目からうろこでした。なにより衝撃だったのは厳島の謎でもなく、隠されたうんちくでもなく、厳島という名前そのものです。

が、おおげさに謎というのも、烏滸がましい気がします。隠すまでもなく、その名前はあたり前のものとして表に出ているのです。気づかない方がどうかしています。自分がいかに無知であったか、ただそのことに愕然とするばかり。無知は怖いな、思いこみは怖いなと。

厳島。
いつくしま───。

そうですね。読んで字のごとく、そのままの意味ですね。名は体をあらわすといいますが、その通りなんです。神聖とか神がいるとか、怨念うずまくとか、そんな余計なことを考えずに、曇りなき眼で見つめればいいのです。

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