小説 書評

模倣の殺意│中町信

『模倣の殺意』
中町信
創元推理文庫

新人推理作家の自殺にまつわるミステリー。
新人賞受賞後の第一作がだせずに悩んでいた坂井正夫は創作上の壁にぶち当たっていました。書き上げては編集社から何度も没をくらい、また書き直す。出口のない海でもがきつづけ、坂井は悩みます。

そしてようやく満足のいく作品が書けた直後、坂井はアパートで青酸カリを服毒し、自殺してしまいます。創作による悩みを抱えての自殺か───。坂井が亡くなったあと、机の引き出しからは「七月七日午後七時の死」という遺稿が発見されます。
七月七日、午後七時───。
奇しくもその時間は、坂井の死亡時刻そのままだったのです。

作家の怪死

作品をなぞるように作家が死ぬ。ありきたりな自殺によって、ストーリーは奇妙に変形しはじめます。その後、坂井の遺稿が実は流行作家・瀬川の「明日に死ねたら」とそっくりだということが判明し、苦労してかきあげた遺稿に盗作疑惑が浮上します。

が、そう考えると、今まで坂井の言動が一致しなくなってくるのです。ようやく満足いくものができたと、晴れ晴れしていた坂井のあの喜びはなんだったのか。みずからの殻を打ち破ったかにみえた坂井がなぜ盗作に走らねばならないのか。そして最たる疑問は、盗作しておきながら、なぜ自殺しなければならなかったのか、ということです。

盗作と自殺。

自殺にまつわる謎は、みるみる深まります。そして、一見すると簡単にみえるこの盗作が、のちのち最大のターニングポイントとなっていきます。

Aパート、Bパートの謎

坂井の自殺をきっかけに、その死に疑問をもったふたりの人物が登場してきます。ひとりはライターの津久井です。津久井は、推理世界の編集次長だった柳沢が、坂井に恨みをもっていたとの情報を得、柳沢のアリバイを調べます。

もうひとりは流行作家・瀬川の娘であり、医療雑誌の編集担当だった中井秋子です。秋子は坂井と一時恋仲になり、その坂井が遠賀野律子なる人物と連絡をとっていたこと知ります。そして坂井が誘拐事件に関わっていたと推理し、誘拐をもちかけた遠賀野が口封じのために殺害したのではないかと推理します。

津久井は柳沢の線をたどり、秋子は遠賀野の線をたどって、話はすすみます。ふたりの探偵がまったく別の事件をたどり、坂井の自殺は、別々のかたちのふたつの真相へせまっていきます。

プロットは超絶技巧

自殺したのは坂井正夫ただひとり。なのに、ふたりの探偵がおいかける事件は、まったく別物として進行していきます。それがとても奇妙です。事件がかみあわないまま、話が終盤まですすんでいくので、
──このままで大丈夫か?
とこのうえなくハラハラします。
作者、大丈夫か。こんな展開で収集つくのかと。

こんなにハラハラを味わったのは久しぶりです。このスリルだけでも、本作のトリックがいかに巧妙だったかがわかります。

Aパート、Bパートが徐々に真相にせまっていく構造は推理小説のお手本のようで、それでいて、まったくまじわらないまま事件が解決へと導かれていきます。不安に包まれたまま、最後に突入していき、最後の結論にいたって、読み手は完全に見立てを外されることになります。
──やられた!
ここまではずされたのは、いつ以来でしょう。綾辻行人並みの大どんでん返しです。

このやられた感と真相が判明したときのパズル感が相まって、ふたつの真相に迫ろうとした事件が、一気に組みあがります。不思議な解体と再構築、この爽快感はくせになります。推理小説を読んでいて、おもしろいと感じるのは、まさにこういう瞬間なのです。

最大の狙い

しかしあらためて読み返してみると、トリッキーすぎるくらい話がトリッキーです。入り組んだ話の筋の意図はどこにあったのか?

盗作の原因となった大学ノートをつかったトリックだけでも一苦労なのに、最終的に探偵=犯人という最後の場面に出くわして、まだあったのかと! 執拗なひっくり返しになかば茫然となります。

探偵=犯人。作者がめざした命題はここにあると思います。この命題をクリアするために、盗作のトリックを思いついたのではないでしょうか。そして盗作のトリックをこなすために、まったく交わることのない、見えすいたふたつの事件を並べる必要があったのです。

「模倣の殺意」の最大の特徴は、逆算に次ぐ逆算、それに尽きるでしょう。

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