小説 書評

夏服パースペクティブ│長沢樹

『夏服パースペクティブ』
長沢樹
角川書店

瑞々しい青春の香りがただよう学園ミステリィ。今回の舞台は、高校の映画制作部です。新進気鋭の女性映画監督・真壁梓のセルフプロデュース作品がもちあがります。現役高校生の音楽ユニット『HAL』のビデオクリップを、葦原女学院映画制作部が撮影し、同校出身の真壁監督がそれをメイキング・ドキュメントで撮影するというものです。

真壁監督が高校生スタッフが募集していると聞きつけ、都筑台高校の映研部長の遊佐渉は、みずから参加しようと決意します。と同時に、遊佐にはもうひとつの決意が。それは類希なる編集技術をもつbloodyMayこと樋口真由の参加でした。 遊佐は撮影に参加するよう誘うのですが、樋口は首を縦に振ろうとしません。が、そんな折、樋口が遊佐の家にやってきて、泊めてほしいといいます。いつもは家出して姉の家に泊まっていた樋口でしたが、そこも使えなくなり、止むなく遊佐を頼ったのでした。遊佐は撮影の話を再度持ち出し、宿泊の交換条件として、樋口の撮影参加が決まります。

かくして旧泉沢南中学校で、『HAL』のビデオクリップ『夏服とフリッカー』の撮影がはじまります。参加するのは、女王様気質の真壁監督、音楽ユニットHALのふたり、葦原女学院映画制作部のメンバー、女優の卵の名束沙織、幼馴染の秋帆、そして遊佐と樋口真由といった面々。あまりに個性的というか、尖りすぎ。衝突必至の状況です。

そしてここから物語が物語を内包するようなメタな展開がはじまります。撮影は、高校生チームが撮影するHALのビデオクリップと、真壁監督が撮影するセミドキュメントというかたちで同時進行します。そんなややこしい進行のなか、撮影中に事件が発生。心臓に矢が刺さって倒れている名束が発見され、撮影スタッフは驚愕、というより困惑します。

なぜこの場所で、殺人事件なのか? しかもボーガンの矢が刺さっているってどういうこと? スタッフの胸に去来したのは、――これはなんの演出なのか。という疑問でした。

やはりというべきか、名束の死体は、真壁監督の演出でした。そんな異常な状況においても、真壁監督は、女王様然とした振る舞いを崩そうとせず、カメラをまわして撮影を続行。全員の表情を収めるよう指示をだします。セミドキュメントの演出の一環で意図した殺人事件を放りこみ、真壁監督は、撮影のなかに撮影を閉じ込めるのでした。

このシリーズの特徴は、プロローグにおいて設定を別立てで作ってしまうことではないかと思っています。犯人の非合理的ともおもえる行動も、最初に提示される設定に集約されるため、ある意味で異常な環境においても、物語として破綻しない仕掛けになっています。トリックが開示されたあとの異常なシチュエーションと犯人の動機については説得力が弱いのですが、過去にあった陰惨な事件を設定ありきで導入しているので、物語の整合性は保たれています。 

プロローグの陰惨な事件の設定から有り得ない動機をミステリィに組みこむその手法と、高校生のビデオクリップ撮影からセミドキュメント撮影をもちこむメタ物語的な手法は、おなじ発想から来ています。そう考えるなら、この物語は、『HAL』ビデオクリップを撮影する物語と、高校映画制作部のセミドキュメンターの物語と、映像撮影時におこった殺人事件とミステリィの物語と、陰惨な事件をもとにおこった過去にまつわる物語の四つに分けることができ、この四階層をテクニカルに組みこめる繊細さこそが本作の魅力ではないかと思います。

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