『50億ドルの遺産』
山田正紀
徳間文庫
あらすじ
山田正紀の中興期における冒険小説です。ところどころ山田正紀未満な箇所があるのですが、脂がのる前の荒々しさがかえって新鮮だったりします。
驚いたのは中興期の作品であるにも関わらず、物語がすすむ手順がブレないことです。ストーリーを進めるうえでちゃんと背景があり、裏で操るあやしげな組織が暗躍していて、謎の人物が命令し、その命令によって主格は仲間といっしょにお宝を探しにむかう。
そういった手順がすでに確立しています。
背景でいえば、スワリ民主同盟とスワリ人民民主協会が勢力争いを繰りひろげる不安定な政治状況にあり、そんななかスワリ民主同盟のバックで怪しげな組織=中央銀行が糸をひいています。主人公の中尾英輔は、謎の人物=中央銀行総裁の継村や華僑の李秀成の命令により、武器商人が血眼になってさがしている五〇億ドルの兵器を探すことになります。
世界を旅していた中尾英輔は、ひょんなことからスハルト、美川裕子、アジス大佐といったメンバーとともに五〇億ドルもの兵器をめざします。そこへ敵兵や伝説の兵士・ドクターの手が忍びより、英輔たちの行く手を阻むことになるのですが──といった筋書きです。
探すストーリー
この話がおもしろいのは、ありもしない兵器を探している点です。
通常、この手の冒険小説は、悪役がいて、世界を滅ぼす陰謀を画策したところに主人公が現れてそれを妨害しようとする阻止型、もしくは、主人公が秘宝を探すという探索型に分類されます。上記に基づくなら本作は探索型になるのですが、黒幕だある中央銀行総裁・継村の口から、五〇億ドルの兵器は、貧困にあえぐスワリ島に資金を呼び込むためのカモフラージュであることが早々に語られてしまうため、正確にいうと、探すべき兵器がないけれど探索型というおかしな状況になっています。
当然、物語の進行上、武器商人たちは兵器を探しにジャングルにむかいます。しかしそんな兵器など最初からありません。さらに兵器がないことがみつかっても、もともと兵器がないとわかれば、武器商人たちを欺いていたことが露見するので、それもまずいのです。では、在りもしない兵器を存在するとした上で、なおかつそれを見つからないようにするにはどうしたらいいか?
なんとも奇妙に捩れたまま、『50億ドルの兵器』の話は展開していきます。
奇しくもそんななか、火山が爆発。溶岩がアイロの街にむかって流れはじめます。はたして中尾たちは、どんな結末を迎えるのか──。
それは読んでからのお楽しみに。