小説 書評

ツングース特命隊

『ツングース特命隊』
山田正紀
ハルキ文庫

あらすじ

SF冒険小説。こういう作品は最近稀ですね。一番近いのはインディージョーンズですが、なにぶんタッチがちがうので比べようがありません。
お話しは戦時中の朝鮮からはじまります。抗日組織に銃器を提供する武器商人・武藤は、憲兵隊の村井に誘われ、憲兵隊司令部にむかいます。司令部で待っていたのは、かつての上司・明石中将でした。武藤はかつて明石中将の指示により、ロシア工作を行っていたのです。
明石中将は、抗日義兵軍の側にたつ青年・伊沢を人質にとり、「ツングース隕石の謎」を調査するよう、武藤に命じます。そして武藤は、心ならずもツングースにむけて出発するのです。

ちなみに、明石元二郎とは実在の人物です。諜報の草分けとして知られていて、『坂の上の雲』ではロシアに乗り込んで暗躍した当時の状況が記されていて、一説には自分の構想をしゃべるのに夢中になるあまり、陸軍総帥・山形有朋のまえでお漏らししてもやめなかった奇人として紹介されています。この逸話をきくたびに、本当なのか? とおもってしまいます。大の大人がお漏らしって、ありえないです。

ついでにいうと、ツングース大隕石というのはK-20でも使われていて、映画の冒頭で怪人二十面相が盗もうとした革命的な新エネルギー機関・テスラ装置の背景説明としてちょっとだけ登場します。

冒険小説

それはさておき。本作はひどいジレンマを抱えた作品といえるでしょう。なぜなら、主人公の武藤が冒険にむかう過程でリアリティが求められる一方で、ツングース=秘境の部分でSFとしての想像力を発揮しなくてはいけないからです。

リアリティと想像力。このふたつは水と油で混ざりあうことがありません。どちらが強くても互いに潰しあう結果しか得られないのです。この水と油を練って融合させるのはおよそ並大抵の器量では不可能で、あの山田正紀ですら苦しんだ跡がみてとれるのですから、冒険小説は労多くして益の少ないジャンルという他ありません。

もうひとつのこのお話しの難点は、構造上の欠陥を抱えていることです。冒険小説ということで、武藤は京城から秘境ツングースへと向かうのですが、武藤は行きっぱなしで帰ってきません。出発はあるけど帰還がない。また武藤個人の物語としてみた場合も、同じように行きっぱなしで帰ってくることがなく、武藤が過去の己とむきあって心の荷物を降ろすといった場面もないのです。

どこか「途中であきらめてまた書けばいいや」的になっているような気がします。この「まあいいや」感も山田正紀っぽさではあるので、読み終えたときには、まあ今回は大目にみましょうと思うんですけど。

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