『ウランバーナの森』
奥田英朗
講談社文庫
デビュー作
奥田英朗の処女作。
まるで話題にならなかったこの作品のなかには、伊良部シリーズの母型らしきものがあったりして奥田作品の原点をみることができます。
この作品のモチーフとなっているのはジョン・レノンです。ジョン・レノンは二十歳のときレコードデビューし、ビートルズで世界的な成功を収めると、一九七◯年に解散するまで十三枚のアルバムを発表しています。それが今なおスタンダードナンバーとして残り、しかも売れつづけているのですからもはや神の領域です。
バンドの解散と前後してジョンは日本人女性と二度目の結婚をします。同時にソロ活動を開始するのですが、この時期のジョン・レノンは荒れています。ラジカルな活動家としてFBIのマークを受けたり、ときにはドラッグや酒にも溺れたりすることもありました。
そんな彼に転機が訪れます。一九七五年、子供がうまれたのをきっかけに子育てに専念することを決意。以後四年間は隠遁生活を送り、七六年から七九年までは日本にやってきて毎年夏を軽井沢で過ごしていたのです。
ジョン・レノン
本作はまさにそのときをモチーフにしていて、軽井沢にやってきたジョンは
妻のケイコ
幼い息子
使用人のタオさん
に囲まれて生活しているところから物語は始まります。
日々安穏に暮らしていたジョンに、ある日、アクシデントが発生。ジョンはある不幸な病気におそわれ、近所の医院にいくことになります。
しかし症状はいっこうに回復せず、通院するはめに。
さらにジョンは医院からの帰り道、森で奇妙な体験をすることになります。恋人の母親やケンカした労働者、悪態づいたマネージャーなど過去の亡霊ともいうべき人たちに次々と遭遇していくのです。それはまるで悪夢のような出来事でした。
なんでそんな不思議な現象が続くのか?ジョンは合点がいきません。使用人のタオさんにたずねたところ、タオさんはいまの時期はお盆、すなわち盂蘭盆会だから彼岸から知り合いがやってくるんですよと、優しく諭します。
盂蘭盆会。
つまりウランバーナです。
こうしてジョンは医院に通い、そのたびに「ウランバーナの森」で過去の亡霊に出会い、みずからの過ちと向きあっていきます。
再生物語
自分を苦しめるトラウマとむきあい、やがて再生に足を踏み出していくという筋です。どこにでもありそうな話にもかかわらず、ジョン・レノンが効いているおかげで読み手はまったく飽きることがありません。
非常に巧妙だったのは彼岸の作り方です。ジョンは病院にいくたびに過去の友人と遭遇するのですが、その場所は森でありどこか神秘的なものを連想させる場所だったりします。また森だけではなく、季節がお盆だったり二手橋なる橋が近くにあったり、それとなくあっちとこっちの世界を連想させる設定がちりばめてあってなるほどうまいなと思いました。
ところで本作には奥田さんの小説の作り方のヒントが隠されていると思うのですが、それはモチーフです。おそらく奥田さんは小説を作る際、モチーフとなる実在の人物がいて、それを膨らませて書いているのだと思います。 作者自身の創作というよりモチーフがいて、モチーフとなる人を観察しおもしろおかしく誇張することで小説に仕立てている。
どうもそんな気がしてなりません。